テイラー・スウィフト『THE ERAS TOUR』徹底レポ 濃密な音楽旅行が放つ人生を肯定するメッセージ
ステージから伝わるテイラー・スウィフトの生き方
また、一方で年月を経たからこその新たな奥深さを感じられるというのも『ERAS TOUR』の魅力であり、興味深い部分でもある。個人的にそうした印象を最も強く抱いたのは蛇をモチーフとした世界がスタジアム全体に広がる『reputation』のセクションであり、実は同作が発売された当時の頃は、そのあまりの変貌ぶりに喜びよりも先に戸惑いを感じてしまっていたのだが、インダストリアルを取り入れたソリッドで強靭なサウンドと、キャリア史上最も明確に攻撃的なリリックで磨き上げられた刃の鋭さは2024年の今でも一切衰えていない。むしろ、今でも怒りの根源が様々な形で世界を支配している現在において、その音はスタジアムを正面から射抜くほどの圧倒的な力強さに満ちていたように思う(ショーケースに閉じ込められたダンサーたちと共に披露される「Look What You Made Me Do」の凄まじさといったら!)。 もう一つの大きな驚きは、ある意味スタジアムポップとは対極の音楽とも言えるフォークを基軸とした『evermore』と『folklore』の2作品の重要度の高さだ。元々、両作についてはパンデミックの時期を反映した作品でもあったわけだが(これもまた当時の記憶を刺激する)、自然の中でゆっくりと過ごしているかのような心地良い手触りと、これまでに多くのファンを魅了してきたストーリーテラーとしての才能が改めて遺憾なく発揮された楽曲の数々が、スタジアムポップの数々に熱狂する東京ドームに美しい「静」の時間や、親しみやすく心地良い空間を生み出していく。 この2作は『ERAS TOUR』全体のストーリーテリングにおいても大きな役目を担っている。ポップアイコンとして輝くテイラーの姿(『Lover』~『Fearless』)から、とある別れの風景を描いた「tolerate it」(『evermore』)を起点に凶暴な蛇へと変貌を遂げる(『reputation』)前半と、スタジアム級のカントリーポップを響かせ(『Speak Now』~『Red』)、美しい森で日々を過ごし(『folklore』)、やがて遠くの砂漠の奥に浮かぶ大都市(『1989』)へと視点が変わっていくという後半の構造が示すように、2作の存在によって全体のバランスや流れが美しく整えられているからこそ、さまざまな作品が同居する全45曲にも及ぶセットリストが見事に成立しているのだ。『folklore』のセクションにおいて、自身が作品の中で描いた物語を笑顔で語っていたテイラーの姿が示すように、今ではあまりにも巨大なポップアイコンとなったテイラー・スウィフトの核にあるのは、あくまで「ストーリーテリングに定評のあるシンガーソングライター」であり、それは『ERAS TOUR』においても変わっていない。 この日は、直前に発表された『第66回 グラミー賞』で年間最優秀アルバムを獲得してから初めての公演ということもあって、最新作『Midnights』に対する想いと、それを支持してくれたファンへの感謝の気持ちが何度も力強く語られていたのが印象的だった(終盤に用意されたサプライズソングの弾き語りコーナーでは、これがライブ初披露となる同作の『3am Edition』収録「Dear Reader」が選ばれ、ファンを驚かせていた)。さまざまな時代を巡る『ERAS TOUR』において、その旅の終着点となるのが、まさに「今」を描いた『Midnights』になるのは自然な流れだろう。とはいえ、実は個人的には、ライブが始まる前までは(映画を観た後でさえも)同作のダークな作風を踏まえると、せっかくなのだからポジティブな大ヒット曲で華々しく終わっても良いのではないかと感じていたのも正直なところだ。 だが、約2時間50分もの旅路を経て、最後のセクションとなる『Midnights』に実際に足を踏み入れた時に感じたのは、そのダークな作風とメランコリックなサウンドがひたすらに自分の中へと浸透していくということ。これはただの個人的な感想だが、それまでにさまざまな時代をテイラーとともに巡り、これまでの旅路を一つひとつ確かめたことによって、意識が自然と目の前にある現実へと向かっていったのかもしれない。また、さすがにここまで長いライブに参加していると疲労感もなかなかのものであり(これを4日間連続でやるというテイラーの体力には頭が下がるばかりだ)、そんな身体に同作のメロディや音がひたすらに心地良く入ってくるし、その中で披露される「Vigilante Shit」に思いっきり目を覚まさせられる。 全45曲、約3時間20分にも及んだこの日の公演の最後を締めくくったのは、フィナーレに相応しいアップリフティングなダンスサウンドの中で〈カルマは私のボーイフレンド/カルマは私にとっての神様〉という言葉が響く「Karma」。18年もの年月を振り返りながら、その時々の名曲とともにこれまで生きてきた日々を祝福してきた旅路の果てに辿り着いたのは、まさにこれまでの人生そのものを肯定する楽曲であり、その根底にあるのは「良いことも悪いことも、その行いの結果はいずれ自分へと返ってくる」という考え方だ。それが正しいということは、まさにこれまでに辿った軌跡が証明しているのではないだろうか。 安易なノスタルジーに浸らず、過去の自分に力をもらいながら、しっかり目の前の現実と向き合うということ。それ自体がテイラーの強さであり、この旅の終着点として間違いなくベストな選択であると、今ははっきり断言することができる。そして、私たちはテイラー・スウィフトの力を借りながら、また前へと進んでいく。 直近の目的地は、4月19日に発売予定の最新作『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』だ。今回の公演はまさに圧倒的な体験だったが、それはすでに過去となり、ここからまた新たな時代が生まれていくのだろう。
ノイ村
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