昨年はPCR検査で全員陰性でも大会規定で「棄権」 岡山・就実高女子バレー部の王座に戻るまで
今年で76回目を迎えた全日本バレーボール高等学校選手権(春高バレー)で女子は岡山県の強豪・就実が2年ぶり5度目の優勝で幕を閉じた。昨年は3連覇がかかっていたが、1年前のこの時期は新型コロナウイルスが猛威をふるった。大会のガイドラインとして抗原検査で「陽性者が1人でもいたら棄権」というルールが作られ、就実は「陽性者が出た」として、試合当日に「棄権」を突き付けられた。1年を経て執念の日本一奪還にも優勝の瞬間、同校OGで’15年からバレー部を指導する西畑美希監督(46)は「可能なら、(昨年大会に)戻って試合がしたい」ともらした。なぜだったのか。 「殺されそうになった」女性も…YouTuberとコロナが「飛田新地」に引き起こした恐ろしい変化 ◆医療界ではPCR検査の結果を優先する医師が多いが…… 春高バレー史上に残る見事な優勝だった。女子で頂点に立った就実高は今大会で全6試合1セットも失わなかった、完全優勝。そんな歓喜の瞬間にもかかわらず西畑監督は派手なガッツポーズは一切、なかった。 「人の思いというものは、とてつもないパワーが出るんですね。(チームの)実力以上のものが出たとも思います…」 笑顔こそ見せたが、目の奥は笑っていなかった。人差し指と親指で数字の『0』を作ってこう続けた。 「去年も今年も(部員でコロナの)感染者は出していませんから」 昨年1月、春高バレーが開催された時期は新型コロナウイルスが蔓延。大会ガイドラインで試合2日前に選手に加えて、監督や関係者全員が「抗原検査」を課された。就実もルール通り2日前にチーム内で検査を実施し、全員陰性を確認した。“事件”が起きたのは大会当日(’23年1月5日)の東京体育館だ。正々堂々、全員陰性という結果を報告したが、大会事務局からは陰性を示すラインが不明瞭な選手がいると通達があった。 その結果、「陽性者が出た。就実は棄権になります」という非情の通告を受けた。学校側は都内で急遽、PCR検査を実施し、その結果は全員「陰性」。しかし大会棄権は覆らず、バレーボール部全員が試合会場の東京体育館の目の前にいながら1歩も中に入ることができなかった。就実は昨年の大会で3連覇がかかっていたため、悔やんでも悔やみきれない結果になってしまった。 昨年の今頃は「コロナ第8波」が猛威を振るっていた。日本では3100万人が感染したとされ、単純計算で国民に4人に1人が感染を経験した計算になる。当時、常に言われていたのが検査の重要性。発熱してコロナの症状が疑われたら、まずは検査を受けることを推奨されていた。都内で開業する内科医はこう明かす。 「検査には主に、抗原検査とPCR検査がありましたが、双方の結果が違うというのはよくあることではありません。ただ、もし違った場合は医師の立場で言わせてもらえばPCR検査を優先する医師は多いでしょうね。抗原検査はすぐに結果が出る利点はありますが、PCR検査は抗原検査よりも少ないウイルス量でも検出することができる精度が高い検査になるからです」 就実は「陽性者がいる」との宣告を受けた後、自分たちで抗原検査より精度が高いPCR検査を受けて全員が「陰性」だったにもかかわらず、「棄権」の結果が覆らなかった。日本バレーボール協会・川合俊一会長も「残念だが、(1人でも陽性者が出たら棄権という)ルールがあるから仕方がない」とコメントするにとどまった。 「高校野球では陽性者が出ても試合開始2時間前に登録選手を変更できました。そればかりではありません。国が推奨していた外出禁止期間をクリアできれば、大会へすぐに再登録することも可能でした」(高校バレー担当記者) 春高バレーは他の高校スポーツと違い、全国大会で陽性者が出た場合の救済策がなかったことが、“悲劇”を大きくしたのだ。棄権が覆らなかった昨年の大会後、就実の西畑監督は学校側に「しばらくは休養したい」と届けを出していた。 「とてもバレーボールを指導できる状況ではなかった」 それでも再び学校に戻ったのは、就実バレーボール部の指導体制にあった。バレーボール担当記者はこう明かす。 「就実は強豪校ではありますが、全国から特待生を募ってチームを強くするやり方ではない。歴代監督が代々、チームの寮長になり選手たちの食事を作り、身の回りのフォローもします。生活をともにしながら強くなっていく。最近では珍しい部活スタイルの学校です」 チームに戻った西畑監督は守備練習を徹底してやり直した。高校バレーの監督でも、今はタブレットを片手にデータバレーを重視した戦術が流行であるが、西畑監督は全体練習のほとんどをレシーブ練習に費やした。 「私にはそんな指導はできません。まずは守備。1本目のボールを拾えばなんとかなりますから。選手たちからすればつまらなくて、苦しかったと思います」 その一つ、3人でレシーブを続ける練習法を貫く高校の指導者は今やめっきり少なくなった。ただ、前回大会で棄権を余儀なくされた先輩選手たちのことを思うと、苦しさに耐えられた。 決勝で14得点をあげて大会MVPになったエース・福村心優美(こゆみ、2年)は昨年棄権したときのメンバーだった。 「(当時の)3年生の先輩の皆さんに申し訳ないという気持ちだけだった。逃げ出したい日々でした。でも先輩たちが『結果を出せば報われるから』と…。その思いだけでした」 今年の春高バレーでは1回戦から有観客となり、声出し声援も解禁になった。感染リスクはそれなりにあったが、地元岡山から春高出場に向けた遠征期間中、そして大会が始まってからも「宿舎からは1歩も外に出ていませんから、本当に散歩すら誰もしていません」(西畑監督)。 執念の優勝を達成した後、大いに喜びを表していた就実バレーボール部の面々と西畑監督は1歩、試合会場から出ると全員がすぐにマスクを念入りに装着した。 「昨年あんなこと(棄権)になってから本当に多くの声援をいただきました。『日本一になりたい』ではなく、『諦めない、勝ちたい』。ただ、それだけでした。優勝できたことで、少しは皆さんに恩返しをできましたかね?」(西畑監督) 優勝のごほうびとして向かったのは、西畑監督が選んだハンバーガー店。チームのメンバーで満席になるような店をあえて選んだ。 「私が出せる予算の店でもあったんで(笑)。きっと選手も喜んでくれるはずです」 選手たちはどんな思いで食べたのだろうか。
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