放送作家・白武ときお×作詞家・児玉雨子が語る“創作のマイルール”
いま、エンタメが世の中に溢れすぎている。テレビやラジオはもちろんのこと、YouTubeも成長を続け、Podcastや音声配信アプリも盛り上がりを見せている。コロナ禍をきっかけに、いまではあらゆる公演を自宅で視聴できるようにもなった。では、クリエイターたちはこの群雄割拠の時代と、どのように向き合っているのだろうか? 【写真】白武ときおと児玉雨子の撮り下ろしカット プラットフォームを問わず縦横無尽にコンテンツを生み出し続ける、放送作家・白武ときお。彼が同じようにインディペンデントな活動をする人たちと、エンタメ業界における今後の仮説や制作のマイルールなどについて語り合う連載企画「作り方の作り方」。 第七回は、ハロー!プロジェクトの作品を中心に作詞家として活動している児玉雨子氏が登場。数々の人気楽曲の歌詞を手がけるだけでなく、第169回芥川賞候補作に選ばれた小説『##NAME##』の執筆など、作家としての顔も持つ。 白武はテレビやYouTube、ライブイベントなど複数のフィールドで活動し、児玉は言葉を武器に歌詞や小説を生み出している。ふたりは創作と向き合う上で、どのようなことを信念としているのだろうか。 ・自己顕示欲が暴走しそうなときはあるか? 白武:今回児玉さんとお話したかったのは、知人から児玉さんの歌詞を教えてもらって、すごく面白いなと思ったことがきっかけでして。 つばきファクトリーの楽曲「今夜だけは浮かれたかった」に出てくる〈まぶたを刺す髪の毛〉というフレーズについて、知人から「これはどんな意味だと思いますか?」って聞かれたんですよ。 児玉:試されてますね(笑)。白武さんはどう答えたんですか? 白武:僕にはどういう意味なのか予想も付かず全然答えられなくて。その人は「あんまり本気出してる感じを悟られたくないから、前髪を下ろしているのかも」と言っていて。 それを聞いて、正解がどうとかではなくたった数文字の言葉にそこまで思いを馳せられることに驚きました。同時に、それほどの熱量を生む歌詞を書けるのは、どんな方なのだろうと気になったんです。 児玉:嬉しいです、ありがとうございます。私は「しもふりチューブ」を観ているので、白武さんのことは以前から存じ上げておりました。お笑いは詳しくないんですが……。 実は、あんまり作詞で食べられていないときに、アイドルの配信番組の台本を書いていたことがあるんですよ。だから構成作家さんの仕事を断片的に経験していたというか。 白武:え、そうだったんですか。 児玉:そこまでテレビが好きなわけでもないのに「こういうことができなくちゃいけない」と思って取り組んでいました。でも全然アイデアが出せなくて、構成作家はやめました。でも音楽や文芸は好きで、歌詞はなんとか書き続けられて、今に至ります。だから指示に対して的確な企画のアイデアを出せる人のことを、本当にすごいと思っているんです。 白武:そんな歴史があったんですね。他の作詞家さんに対しても自分にできないことをやっていてすごいと思ったりしますか? 児玉:すごいと思う人はたくさんいます。でもその一部は、SNSなどでのアピールが過剰になるケースがあるんですよね。 私も含めた職業作詞家・作曲家あるあるなんですが、歌には関わるけど披露するのはアーティストだから、自己顕示欲の行き場がなくなりがちで。私は今日みたいに話をする場を設けていただくことがあるので解消されているんですが。 白武:じゃあこういう表に発信して喋る機会とかがなかったら、児玉さんもどうなっていたかわからない? 児玉:わからない(笑)。白武さんは、自己顕示欲が暴走しそうなときありませんか? 白武:ないと思います。前に出た方がいいなと思う時はありますが、他人から凄いと思われたいというよりは、自分が他人だったとしても凄いと思える水準を達成できているかを気にしますね。あとどれだけ企画とか台本を作っても、やっぱり出演者のパフォーマンスがあって初めて形になるものが多いですね。 児玉:わりと私もそう思ってますね。歌詞を私が書いたかどうかよりも、この子が歌ってくれたからみんながこの歌詞を好きになってくれたんだろうなと。グループだと歌割りや歌い分けみたいなこともあって、そこでまたリリックの意味合いや感じ方が変わってくるので。 それに、作詞家が解釈を述べてしまうとそれが正解になってしまう。受け取った人がどう捉えるかは、基本的には自由だと思っています。 作詞家の解釈が正解とも思いませんし。解釈するのが好きな方に向けて書いているところはありますけど、私の解釈についてはできるだけ語らないようにしています。 白武:謎解きというか考えられる余白のあるものが好まれてるんですかね。考察しがいのあるドラマもそうですけど、人によって解釈の違いが生まれるものが話題によくあがっている気がします。 ・「こう書こう」よりは「こういうことはしない」を大切に 白武:僕は作詞家さんの能力のすごさの項目とかそれを測る指標などが分からないのですが、児玉さんは、等身大の女性の気持ちを言葉にできたり、言葉遊びが面白かったりするなどいろいろなすごさがあるなと感じていて。ご自身ではどういうのが得意とか好きとかありますか? 児玉:自分の特性が分からなくなることはよくあるんですけど、それでも歌詞を書いたらファンの方々が「やっぱり雨子だよね!」と喜んでくださるので、こういうのが私らしさなんだな、と都度感じています。 白武:では、あんまり自分らしさみたいなものを意識して歌詞に入れるわけではないんですか? 児玉:自分らしさは大事だと思っているんですけど、どちらかといえば消去法ですね。「こう書こう」というよりは「こういうことはしない」。作詞においては、聴く人がどんなものを聴きたいのかを考えて書くようにしています。 白武:なるほど、エンターテイナーですね。 児玉:白武さんは、ご自身のルールみたいなものは持っていますか? 白武:僕も似てるかもしれないですが、同業者のムーブメントや近しい人がやっているとそれとは違うことをしようと思ったりしますね。専門的にやってきた人には勝てないし、同じようなゾーンを面白がっていると目立てないし。だから常に、あまり踏まれていないゾーン探しをしています。 児玉:分かります! 私も同じタイプです。 白武:アーティストも、山を登り続けるような人もいれば、次々と新しいことをする人もいますよね。僕の場合はテンションを保つためにも後者なんですが、児玉さんはどうですか? 児玉:私も後者ですね。前者だと評価する人もいるかもしれないけど、私のなかでは後者。飽きちゃうので。 白武:たとえば、僕の印象なんで全然違うかもしれないんですが、スピッツさんは結構身近な恋愛や小さい出来ごとを歌っていて、Mr.Childrenさんもある時期まではそういうのが多かったけど、年数を重ねていって地球とか平和のことを歌うようになっていってるなと。スケール感が変わっていったり、歌いたいテーマが変わっていったり。ウケているゾーンの中で積み上げていくのか、さらに新しい一面とかスケール感を更新していくかは別れますよね。 児玉:あるあるだと思います。「あの時期は良かった」と言われるような……。 白武:お笑いもありますね。賞レースで戦ってる時期がよかったとか。結婚したからこういう恋愛系の企画は成立しないとか。運動系とかも、若いうちは動けたけど、走れなくなってきたとか。 児玉:その人自身が求めた変化ではないとなると、ぐっと生々しい感じになりますね。 白武:「あの時の面白いのがもうできない」というのもありますね。価値観のアップデートによって、いまではもうウケなかったり。お客さんの反応がすぐにわかるのでシビアですね。 ・個人事業主として活動するふたりのお金事情 白武:僕もそうですが、児玉さんも個人事業主として活動をされているんですよね。 児玉:作品の管理をしてくれる事務所には所属していますが、会社員としての雇用契約ではなく専属マネジメント契約ですので、区分としては個人事業主ですね。メインの収入が印税なのですが、振り込まれるのは毎月ではなくて、年に数回決まったタイミングで事務所や音楽出版社からドンッと振り込まれる感じです。だから「今月の入金はゼロ」みたいなこともありますよ。 白武:毎月は入ってこないとなると、これまで口座の残高がピンチになったことはありませんか? 児玉:ないですね。私、どうやらお金のやりくりが得意なようです。数字をチェックして収支の帳尻をきっちり合わせるようなことが息抜きになります。クリエイターは、確定申告とか苦手な人が多いじゃないですか。 白武:そうですね。僕も苦手なので任せてますね。 児玉:私は確定申告をするときも、すっごく楽しく電卓叩いてますから。パズルをしているような感覚です。 白武:お金に関していうと芸人さんは、自分を追い込むために無理して家賃の高い家に住むとか、そういうことをする人をよく見かけます。 僕もわりとそうで、自分の身の丈にはちょっと合わないところに住むようにして無理をしてきてますね。児玉さんは自分を鼓舞するために、そういう負荷をかけるようなことはしますか? 児玉:お金関係で負荷をかけることはないですね。作詞家としてある程度の収入を得られるようになってからもめちゃくちゃ安い部屋に住んでいましたし、「高い家賃を払わなければ、そのお金でお寿司食べられるじゃん!」とか思ってしまうタイプです。できればいまでも郊外に住みたいくらい。 白武:郊外ですか? お仕事のことを考えると、不便そうですが。 児玉:お金をかけたい部分がそこじゃない、という感じです。いいところに住みたいとか、好きなブランドはあっても、高級なブランド品を持ちたいといった欲もないですし。やっぱり本とか音楽とかにお金を出したいです。 ・『##NAME##』は自分にしか書けない内容 白武:児玉さんの新刊『江戸POP道中文字栗毛』、とても面白かったです。僕は扱われていたような古典には触れてきていなくて。どんなところから魅力を感じていったんですか? 児玉:たとえば、江戸時代でいうと都会や遊里で男が失敗するような作品が盛んで、お上の命令で「享楽的なものはダメ、ちゃんとした恋愛ものを書きなさい」と言われたのに、当時の作家はみんなふざけたがる。最後は泣ける感じで終わるのに、最初の方はすごくふざけているものがあるんです。そこにわりと無茶な緩急があって、面白い。 また、夜の営業時間中は煌びやかで美しい遊女たちでも、朝になれば化粧が崩れてニキビや、性病による疱瘡だらけという、ある種、男性客にとっては不都合な様子を描こうとする姿勢も好きでした。 白武:なるほど。『江戸POP道中文字栗毛』のなかでもそういった面白がり方がたくさん載ってて凄いなあと思いました。 児玉:そうですね。教科書に載っていないだけで、実は本当に面白い古典作品がたくさんある。私は小説も書くので、編集者さんから「時代物の小説を書きませんか?」と言われたんですけど、そういった作品を書けるほど詳しくはないので、読書エッセイという形になりました。 白武:それでいうと小説『##NAME##』は、かなり関連カルチャーへの造詣が深い人が書いているんだろうなと思って読んでました。ジュニアアイドルとか夢小説とか、長い時間触れてきている人じゃないと掴み取れないことを、自分の言葉にして書かれているんじゃないかなと。 児玉:そもそもかつて私がオタクだったので、関連カルチャーに長く触れてきたことは関係していますね。 白武:向きあうには覚悟がいるテーマだと思ったんですが、なぜあの作品を書こうと思ったんですか? 児玉:いつかは書きたいと温めていたものではあります。でも、インパクト勝負になってはいけないし、作中に登場するような子を「たまにいる、かわいそうな子」と思われないようにしたかった。だからこそ、慎重に書いています。 あと、「実際に仕事の現場でそういうことを見てきたんですね」と言われることが想定されるのもネックでした。あくまでフィクションとして書いているのに、実際にいま、言われていますし。 白武:危機意識というか、嫌な部分に目を向けて切り込んで警鐘を鳴らすような覚悟があったりしましたか? 児玉:そもそも、歌って踊る「アイドル」と「ジュニアアイドル」って、4文字が被っているから同じように見られるんですけど、まったく違うんですよ。だから「アイドル」について暴露するような意味で書いたものではありません。極めて個人的な、女の子二人の物語として書いております。 白武:ぼくはアイドルやジュニアアイドルの知識があまりなくて、小さい女の子のチェキ会とかハグ会とかのショート動画がSNSで流れてきて、ギョッとしたりする程度で。『##NAME##』を読んで初めてちゃんと考えましたね。 ・ハロプロの歌詞はあえてみっともないところを出している 白武:今回、ハロプロさんの曲を聞こうと思ってサブスクで探したんですけど無くて。それが凄い衝撃的でした。自分はなんにも知らないなと。アイドルの楽曲って進化とかブームが早そうな印象があります。5年前の曲をめっちゃ古く感じるとか。 児玉:ありますね。だから常に、なにをもって「ダサい」とするかがすごく大変というか。ここでの「ダサい」は否定的な言葉じゃなくて、泥臭い感じで「なんとか生きてる」みたいなことをどう書くかということです。 技術的に、洗練されたテクニックや抽象的な歌詞を書くことができたとしても、そうしない。おしゃれで横ノリで生きてる人ばかりじゃないよねって感じです。 白武:ああ、なるほど。必死に生きるダサさ。 児玉:特にハロプロでの作詞はあえて、みっともないところを書きたいなと思っています。 白武:みっともないところというのは? 児玉:アイドルといえば一般的に「君(ファン)のことが好きだよ」みたいな歌詞が求められるじゃないですか。でもハロプロファンには泥臭く頑張ってる子が好きな人が多いから、私作詞の時は「愛されたい」「私が私を愛したい」と叫んでいる歌詞がいいなと思って書いています。 理想化されていなくて、パワーがあって、もがいていて、なんでだよって怒ってる。日常にめちゃくちゃ疲弊してるとか。こんなに生々しいのに、よく受け入れてくれるなあって思います。自分はダメな女の子だとか、ダメなんだって分かってるんだよとか。それでも好きになっちゃうとか。 白武:その場合、児玉さん自身が実際に疲弊したり誰かに振り回されたりしているのか、それとも自分は全然違って、架空の人格を作り上げて歌詞を書くんですか? 児玉:あんまり世の中にないものを書きたいという気持ちだけなので、自己投影をするとか、ファンの方が喜ぶからビジネスライクに書くとか、そういうことに寄っているというわけではありません。 誰もまだ書いてないだろうな、ここの狭い感じは他の人には書けないだろうな、とか思いながら書くのが楽しい。だから「◯◯みたいな歌詞書いてください」とか言われると正直すごく萎えますね。実際やんわりと「これ私じゃなくていいですよね?」と伝えますし。 白武:仕事相手とはケンカをするスタイルですか? 児玉:ケンカはあんまりしないです。ぶつかるというよりは、交渉という感じで。相手から面倒臭いと思われているかもしれないですけどね。ただ、もうすぐ30歳になるんですけど、30代の目標としては、譲れないものについて毅然とNOを言う、だと思っています。 クリエイターぶるわけじゃないですが、言うべきことは言って、コミュニケーションを諦めずにしっかり取らなきゃと。そのあたりをきちんとやっている先輩を見ていて、改めて思うようになりました。 白武:そういうコミュニケーションをムッとせずご機嫌にできる人を目指したいですね。お話できて楽しかったです。ありがとうございました。 児玉:こちらこそ、とても楽しかったです! ありがとうございました。
鈴木 梢
【関連記事】
- 違和感を大切にしないと「面白い」から遠ざかる 放送作家・白武ときお×『オモコロ』編集長・原宿がいまの時代に「面白さ」を見出すもの
- 「本当の怖さは、視聴者が再発見するもの」 放送作家・白武ときお×「フェイクドキュメンタリー「Q」』など手がける映画監督・寺内康太郎が語る"ホラーコンテンツの可能性”
- 「『マンガワン』をかっこいい場所にしたい」 放送作家・白武ときお×『チ。-地球の運動について-』など手がけた編集者・千代田修平が語る“ヒットの法則”
- 「お金がないことは死に値しない」 放送作家・白武ときお×『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』など手掛けた上出遼平が語る“テレビ業界への反発心”
- 「『メガネびいき』は聞き逃してもいい」放送作家・白武ときお×『TBSラジオ』宮嵜守史が語る“新しいエンタメの形”