AIの「プラセボ効果」の真実…AIでパフォーマンスが上がるという偏見がもたらす「まさかの結果」
確認されたAIの「プラセボ効果」
筆者も日々生成AIを活用しており、そのメリットを実感しているため、こうしたアンケート類の結論を否定するつもりはない。一方で期待値を高く設定してしまっているせいか、逆にクオリティの低い回答が返ってくることにストレスを覚えたり、作業が非効率になっていると感じたりすることも多い。生成AIを導入した企業の数十パーセントが、既に効果を実感しているというのは、どこまで本当なのだろうか? そんな中、気になる研究結果が発表されている。AIにもいわゆる「プラセボ効果(偽薬効果)」が確認されたというのだ。 プラセボ効果とは、薬効成分が含まれていない薬、つまり「偽薬」を飲んでも、「この薬は効く」と信じることで実際に体調が良くなる現象を指す。また逆に「副作用が出るのではないか」と思いながら薬を飲むと、そのような成分が含まれていなくても本当に副作用が出ることがあり、これは「ノセボ効果」と言われている。そんな馬鹿なことが、と思われたかもしれない。しかし実際にそうした効果が存在していることが、さまざまな実験を通じて証明されている。「プラセプラス」という「本物の偽薬」も発売されているほどだ。 それがAIでも確認されたとはどういうことか、発表された論文の内容を見ていこう。 研究を行ったのは、フィンランドの首都ヘルシンキにあり、イノベーションやスタートアップの支援に力を入れていることで知られるアールト大学の研究者ら。彼らは男女合わせて64名の被験者(平均年齢は約28歳だったとのこと)を集め、パソコンを使った作業を行ってもらった。 その作業とは、画面の中央に表示された文字を見て、その文字が画面の右側と左側に表示されている文字のどちらと同じものかを答えるというもの。ただその際、被験者の片手に電極が取り付けられ、生理学的信号(皮膚コンダクタンス)が測定された。被験者に対しては、「この信号はコンピュータに送られ、AIシステムが皮膚コンダクタンスから測定したストレスレベルに基づいてタスクの難易度を調整する。AIシステムをオフにする場合もあり、その際はタスクの難易度がランダムに変化する」という説明がなされた。そして実際に、AIをオンにした状態とオフにした状態、2つの条件下でのパフォーマンスが計測された。 さらにこの実験では、もうひとつ仕掛けが施された。被験者を2つのグループに分け、一方には「このAIシステムを使うとパフォーマンスが上がって、ストレスが減ります」という肯定的な情報を与え、もう一方には「このAIシステムを使うとパフォーマンスが下がって、ストレスが増えます」という否定的な情報を与えたのである。 ここで種明かしをしておくと、実は前述の「AIがタスクの難易度を調整する」という説明は真っ赤な嘘だった。実際にはAIなど使用されておらず、手に電極を付けるというのも、AIが動いているのだと被験者たちに思い込ませるためのからくりでしかなかった。つまり被験者たちは、AIのように見える「プラセボ」を与えられた上で、作業を行ったわけだ。 その結果、被験者たちには、「AIシステムがオンになっている」場合(実際にはAIなど使われていないわけだが)、パフォーマンスが向上して反応時間が速くなるという傾向が確認された。つまり被験者はAIを使っていないのに、「AIを使っている」と信じることで、パフォーマンスが改善されたのである。興味深いことに、この効果は事前にAIについて肯定的な情報を聞くか、否定的な情報を聞くかに左右されなかった。研究者たちはこの結果をもって、「AIを使っている」という思い込みがプラセボ効果を生み、否定的な情報を与えてもノセボ効果が生まれることは無かったと結論付けている。