お得な「山陰のんびりパス」で民芸三昧と庭園巡り。大阪発2泊3日、島根県・鳥取県の旅
出雲を称えた枕詞「八雲立つ」。その神秘的な響きを冠した特急やくもは、岡山駅から出雲神話の国への直行列車として国鉄時代から親しまれている。今春、新型車両が誕生したというので初乗りの旅に出た。 岡山駅のホームに現れた真新しい車両は、宍道(しんじ)湖の夕日などに例えられる通り、輝くようなブロンズ色。レールの上を滑るように進む、なめらかな動きも優美だ。 乗り心地には、もっと驚いた。カーブにさしかかった時、遠心力で体に負荷のかかるような嫌な感覚がないのだ。乗り物酔いしやすい私にとって、これほど疲労感の少ない鉄道旅はなかなかない。JRのサイトによると、新開発の振り子方式を採用したことで乗り物酔い評価指数が最大23%改善されたとか。車内で食べる駅弁の味までおいしく感じられた。
今回は「山陰のんびりパス」というデジタルきっぷも初体験。4500円で3日間も広範囲を周遊できるのは大きい。さらに沿線施設の特典も付いている。その一つ、庭と抹茶が割引料金で楽しめる松江の明々(めいめい)庵に立ち寄った。 明々庵は、松江城の近くにある「不昧(ふまい)公好み」の茶室。不昧公は大名茶人として知られた殿様で、松江に茶の湯の文化を広めた。「その影響で松江の人は1日2回、箸間(お茶の時間)を愉しむ習慣がある」と、支配人の森山俊男さん。 不昧公の影響を受けた庭は「出雲流」とされ、平庭の枯山水に飛び石を配し、露地として散策できるところが特徴だ。森山さんは、「高い剪定技術も不可欠です。中央の松は盆栽仕立てで、小ぶりに見えて樹齢は100年以上」と話す。
出雲から石州(せきしゅう)へ鈍行列車で
島根は器も魅力的。不昧公好みの茶碗から日用品や瓦、柳宗悦(むねよし)の民芸運動に共鳴し生まれたものもある。松江から2駅の玉造温泉駅前にある湯町窯は、柳やバーナード・リーチらが度々訪れた窯元だ。リーチが伝えた英国古陶の装飾、器の付け根から生えているように作るハンドル付け、地の土・釉薬(ゆうやく)を生かす大切さなど「作陶の技と心」を受け継いでいるという。ぽってりと丸みのある器が多く、見ていると心も円くなる。 翌日、西出雲駅近くの出雲民藝館でリーチの手ほどきを受けた出西(しゅっさい)窯の作品にも出合った。「型」を使った直線的なデザインでまた違った魅力がある。赤瓦と同じ釉薬で作る石見(いわみ)の水がめ、河井寛次郎が絶賛した黒瓦の技法を使った大津の火鉢など、時間を忘れて見入っていると、列車に乗り遅れそうになった。 次の目的地は石州宮内窯。各駅停車で1時間半、敬川駅で降りると容赦ない海風の洗礼を受けてよろめいた。私と違って石見焼は風雨や塩分にめっぽう強く、水がめや瓦が有名。宮内窯ではすり鉢や蓋壺などのキッチンウェアも評判だ。「毎日使ってほしいから、手になじむ使いやすいものを」。そんな作り手の思いが飽きのこないデザインにも表れている。 駅前で石州名物敬川饅頭の店に寄り、各駅停車でさらに西へ。車窓から、山陰らしい赤瓦の家並みと日本海を眺めながら益田駅へ向かった。