昆夏美&海宝直人、大原櫻子&村井良大がそれぞれで違う世界観を作り上げるミュージカル「この世界の片隅に」
太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の物語を通し、いのちの輝きと平和の尊さを優しく繊細なタッチで描き出した、こうの史代による漫画「この世界の片隅に」。2011年にドラマ化されたのち、2016年には片渕須直監督によって劇場版アニメ化。その大ヒットをきっかけに、作品の魅力が多くの人に知れ渡ることとなった。そして2024年には、日本を代表するミュージカルスターを迎えて待望のミュージカル化が実現した。 【写真を見る】ミュージカル「この世界の片隅に」大原櫻子・村井良大出演回 メインキャスト陣はWキャストを起用し、絵を描くことが大好きな主人公・浦野すず役には、昆夏美と大原櫻子。そして、すずが嫁ぐ相手の北條周作役を海宝直人と村井良大、すずと周作の三角関係となる白木リン役を平野綾と桜井玲香、すずが淡い恋心を抱いていた幼なじみ・水原哲役を小野塚勇人と小林唯が、それぞれ演じている。また、すずの妹の浦野すみ役に小向なる、周作の姉で、すずにとっては義姉の黒村径子役を音月桂と、人気実力派が顔を揃えた。 広島県広島市に暮らす、絵を描くのが大好きな、ちょっぴりのんびりな少女だったすずが、昭和20年に姪の晴美と、自分の右手を失い、絶望に打ちひしがれている場面から物語は始まる。そんな彼女を励ます夫・周作との幼い頃の出会いや、子ども時代に出会った座敷わらしや祝言の日のことといった、過去のできごとなどを回想しながら、すずが再び明るさを取り戻し、前を向いて歩けるまでを原作コミックや劇場版アニメとは異なる時系列で描いていく。 昆夏美、海宝直人、平野綾、小林唯が出演する回で、昆が演じるすずはおっとりのんびりとした口調と笑顔が印象的な一方、どこか芯の強さを感じさせ、日本ミュージカル界でも屈指の美声で、激動の人生を自分らしく生きるすずの心の動きを繊細に歌い上げた。そして、海宝は、そんな彼女を大らかな愛で包む周作像を、優しいまなざしと温かい歌声で作り出していく。しかし、右手をなくしたすずが実家の広島市に帰ると周作に告げるシーンでの激唱で、彼の本心を見事にメロディに乗せた。 彼らのおだやかな生活に一石を投じる女性・リンを演じる平野綾は、大人の色気ただよう声と、常に悲しそうに寄せられた眉が印象的。水兵となって、すずの前に現れた初恋の相手・水原役の小林は、すずに「わしが死んでも笑ろうて思い出してくれ」と頼むシーンでの切実な声の揺らぎで、複雑な水原の心情を表現した。 大原櫻子、村井良大、桜井玲香、小野塚勇人が出演する回で大原が作り上げるすずは、表情でも歌声でも喜怒哀楽がはっきりしており、涙を流すシーンも多め。すずの心の内が手に取るようにわかるダイナミックな演技が観る者の胸を打つ。一方、村井が作り上げた周作は控えめで感情をあまり表に出さないタイプ。すずと周作が本音をぶつけ合うシーンでは、言い合いの中で、1フレーズごとに周作の声に感情が乗っていくという変化を村井が繊細なトーンで見事に表現している。 桜井は、遊女という自らの境遇を受け入れながらも、すずという友だちができたことを素直に喜ぶ、リンの少女らしい一面も感じさせた。そして、小野塚による水原は、笑顔が多く、明るく前向きな印象。すずとの納屋のシーンでは、まるで励ますかのように彼女の手を取るしぐさをみせた。 本作での注目のシーンは、すずと、元宝塚歌劇団雪組トップスターの音月桂 が演じる義理の姉・径子の二人が歌う「自由の色」。晴美を失ったことでわだかまりが残る二人が本当の家族となるこの曲で、昆&音月コンビは、互いの120%の歌唱力をぶつけ合い、大原&音月コンビでは、大原が音月に寄りそうようなソプラノで、美しいハーモニーを奏で、両日ともに客席からは大きな拍手が沸き起こっていた。 本作の楽曲を書き下ろしたのは、人気シンガーソングライターのアンジェラ・アキ。オープニングの群唱をはじめとするドラマチックな楽曲が、物語をさらに魅力的なものにしている。同じストーリーでも、キャストが変わるとどのような違いが生まれるのかを確かめながら、愛と感動のミュージカルを心ゆくまで味わって欲しい。 文=中村実香
HOMINIS