ザ・ビートルズが設立した「アップル・レコード」知られざる激動の歴史
「声をかけるタイミングが悪かったときは却下された」という証言も
新人アーティスト発掘は、もちろんビートルズのメンバーだけが役割を担っていたわけではない。元ロード・マネージャー、マル・エヴァンスが契約を結んだのは、4人組バンド・アイヴィーズ。のちのバッドフィンガーだ。90年代にマライア・キャリーのカバーによって大ヒットした「ウィズアウト・ユー」のオリジナルを歌ったバンドで、「第2のビートルズ」と呼ばれたバッドフィンガーこそが、ビートルズ以外でアップル・レコードの存在を広く知らしめた存在だろう。アイヴィーズ時代に在籍したロン・グリフィス、バッドフィンガーのジョーイ・モーランドが契約時のことを語るなど、当時の貴重な証言を聞くことができるほか、文句なしにカッコいいスタジオライブ映像なども収録されており、今作の主役的存在だ。そんな彼らは悲劇的なバンド人生を辿って行くのだが、そのことは後のアップル・レコードのイメージに暗い影を落としたといえる。 華やかに見える初期のアップル・レコードも、じつは少人数のスタッフで回しながら、契約とレコード売り込みのために世界中を飛び回っていたという元スタッフの証言も。そんな中で契約したアーティストの1人にジェームス・テイラーがいるが、セルフタイトルのデビューアルバムを残して去ることとなる。結果的に新たなスターを輩出してはいるものの、当時はビートルズとメリー・ホプキン以外のアーティストの売り上げは伸び悩んでいた。アーティスト発掘は本来A&Rの仕事だが、契約締結にはビートルズの4人から承認を得なくてはならず、「機嫌がいいときならすぐにゴーサインを出してくれたが、声をかけるタイミングが悪かったときは却下された」。そのため、イエスやデヴィッド・ボウイ、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングといった大物との契約を逃すこともあったという。フリートウッド・マックに至っては、ドラマーがジョージの義弟にも関わらず契約を実現できなかったというから、ビートルズの4人がアップル・レコードについてどのように考えていたのか、思わず首をかしげてしまう証言も興味深い。 設立当時はレコードに描かれた青いリンゴのレーベルマークのごとく、青く瑞々しい感性を持ったアーティストを求めていたのであろうアップル・レコード。経営悪化、首脳陣の不仲、ビートルズの解散など、様々な問題の末に衰退へと向かう歴史は、ビートルズの華々しい成功と比較するにはあまりにもほろ苦い。“ストレンジ・フルーツ”(奇妙な果実)とはまさに言い得て妙だ。とはいえ、ジョンと活動を共にしていたエレファンツ・メモリーなど、登場するアーティストたちの音楽はどれも瑞々しく個性溢れる才能を感じさせるもの。60年代後期~70年代初期の英国音楽の一端を担ったアップル・レコードの足跡をこの機会に覗いてみては。 <リリース情報> 『ストレンジ・フルーツ~ザ・ビートルズ アップル・レコード・ヒストリー』 2024年10月5日発売 アップル第1弾作品としてリリースされ、日本でも大ヒットしたメリー・ホプキンのデビュー曲「悲しき天使」、第2のビートル ズと呼ばれたバッドフィンガー「デイ・アフター・デイ」「嵐の恋」はもちろん、悲運のアーチスト:ジャッキー・ロマックス やジョン・レノンと活動を共にしたエレファンツ・メモリーなどアーティスト/代表曲総登場! 「ジョン・レノン&ポール・マッカートニーソングブック」シリーズに続く、アップル・レコード激動の歴史を追ったビートルマニア感涙の大作ドキュメン タリー! 製作/監督は膨大なアーカイヴから映像・楽曲を厳選し、卓越した構成力でザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストー ンズ、ボブ・ディラン、クイーン等、正統派音楽ドキュメンタリーをリリースし続ける達人=ロブ・ジョンストーン。全ての登場曲に日本語対訳入り。
Takayuki Okamoto