うつの体験、寄り添って戯曲に 「贅沢貧乏」新作公演「おわるのをまっている」7日開幕
劇団「贅沢貧乏」の5年ぶりの新作公演「おわるのをまっている」(作・演出=山田由梨)が東京・三軒茶屋のシアタートラムで7日に開幕する。このほど同作に出演する綾乃彩、薬丸翔と主宰の山田氏がスポーツ報知の取材に応じ、作品の魅力を語った。 現代社会が抱える問題を柔らかい筆致でポップに描く作風で、根強いファンの多い「贅沢貧乏」。今作も人間の「不調」や「うつ」をテーマにしつつも、劇中で描かれる人物はかわいらしく、おかしみをたたえている。「うつ」という題材は、山田氏自身の経験によるもの。 山田「この5年ほど、冬に調子が悪くなる『冬季うつ』を毎年に自分が繰り返していることに気づいて。『自分には何もない』と思ったり、友達もいるはずなのに孤独に感じたり、『この先、私は何もできない』とバイトを探し始めちゃったり…。バイオリズムの変化や波みたいなものに、自分がどう付き合っていけばいいんだろう、と。そでも、浮き沈みを繰り返していく人という生きものは、ちょっとかわいいかもしれない。同じように悩んでいる人もいらっしゃると思うので、暗くなりすぎずに描けたらいいなと思ってこの作品を書き始めました」 綾乃演じる主人公のマリは、うつで休職中の30代女性。薬丸演じる夫・ヨウの提案で夫の海外出張に帯同し、異国のホテルで過ごすことになるが、少しおかしなホテルで出くわす従業員やゲストはどこか風変わりな人々ばかり。翻弄されながらマリは部屋にぽっかりと空いた穴に気づく。 綾乃「最初にオーディションで台本のモノローグを読んだとき、私もとても共感して、これは絶対に演じたいと強く思いました。『うつ』というものに対して、調べたり知識を入れたりもしたんですけど、人それぞれが違う。分かったつもりにならないように、というのは気をつけて演じていきたいですね」 山田「うつっぽくなっているときって、自分の表現ができなかったり静かに見えたりするけど、(心の)中での感情は、怒りやいら立ちとか悲しみとか、いろんなことが起こっている。一個の感情では表現できない複雑を表現するのが、周りにいるちょっとコミカルでおかしなキャラクター。そこを丁寧に作っていけたらと思っています」 マリを海外に誘い出すヨウは、日本では地に足がついた男だったはずが、異国の風に触れ、いつしか浮き足立っていく。 薬丸「最初はマリの理解者的な役なのかな、と想像していたんです。でもどんどんヨウ自身が羽を伸ばして飛び立っていこうとしている。マリにとって一番、実感をもって『人が離れていく』というのを可視化できる役なのかと。シーンごとにどんどんヨウという人物の『状態』が変わっていく。性格的にも、芝居をする上でもテンションが高い状態は自分の特性ではない。そこは悩みながら、それでもトライアンドエラーを繰り返しながら作っている感じです」 作品に象徴的に描かれるのは「穴」。詳しくは本番のお楽しみとなるが、舞台空間に比喩としてではなく物理的に「穴」が出現する。 山田「調子が悪いとき、くぼみにはまっちゃったとしか思えない時がある。その時って、みんながいる地平とは違う地平にいるんです。うつ病のことを自分なりに描いてみようと思ったとき、『穴』というモチーフが自然に出てきた。はまっちゃうときもあれば、無事に出てこられるときもある。波の高低の下にいるときのメタファーとして出てきました」 稽古前には「穴」についてディスカッションする時間もあった。 綾乃「人によって怖いものだって言う人もいれば、心地いいものだって言う人もいて。私は異質なものという感じを抱いていたんですけど『心地いい』っていう発想をもらえたときに、自分の中で穴に対する考え方も変わって面白いなと思いました。翔くんも面白いこと言っていたよね」 薬丸「『よく考えたら、めっちゃ危ない場所』。例えば高い階のベランダって、柵がついているから全く怖くないけど、飛び越えると下手したら死んじゃう場所、それに近い感覚というか。当たり前にあるけど落ちたらヤバい場所なんだよな、という…。『穴』の概念は(劇中でも)多種多様な捉え方できるようになっていると思いますし、面白いテーマだなと思います」 演劇の経験も豊富な綾乃と薬丸だが、「贅沢貧乏」の現場は、キャストもスタッフも同じようにアイデア出しの意見交換を行うクリエイティブな空気感があるという。 薬丸「美術のアイデアやセット転換をどうしようとか、その『ゼロイチ』の作業をみんなでやっていく。普段、俳優だけの参加で稽古に行っているときにはすでに決まっているようなことを(今作では)一緒に精査してクリエイションする。俳優としての目線で責任を持ってアイデアを出していく。その稽古場作りは印象的ですね」 綾乃「すごく丁寧なコミュニケーションの中で進められている。稽古が始まる前にみんなで『きょうの一言』みたいな時間があるんです。昨日稽古が終わって、今朝ここに来るまでにどういう状態だったかっていうのを、ひとりひとりストレッチしながら話す。あの子は体調こんな感じなんだな、ってみんなの状態を把握できて。山田さんも、演出をしてくれるとき、急がずにちゃんとこちらの話を聞いてくれて、山田さんなりの言葉で時間を作って伝えてくれる。稽古場で失敗する、挑戦するも怖くない。やりやすい場を作ってもらえて本当にありがたいことだなと思いました」 山田「朝の一言は、話す内容も人それぞれ。急にドンって稽古するよりも、みんなの状態が分かっていると少しほぐれるなって。自分も安心できますし、一回始めてみたらやめられなくなりましたね」 寒い日に飲むココアのような、優しく穏やかで、それでいて真剣なものづくり。客席にもきっと、作り手のぬくもりやいとおしさが伝わるはずだ。 山田「『うつ病を描く』というと、少し暗いのかな、とかセンシティブに思われる方もいるかもしれない。自分は当事者の立場として、その状態を否定するわけでもなく悲しむわけでもなく、『どう付き合っていこうかな』みたいなことを描きたいと思っている。優しい空間になったらいいなと思いますし、気軽に見てもらえたらいいなと思っています」 公演は15日まで同所で。
報知新聞社