「日本人の識字率は極めて高かった」という「神話」はなぜ生まれたのか…1948年、GHQが命じた「大規模調査」の結果を再検証
連載第1回『「江戸時代の日本人の識字率は世界イチ」という説は「嘘」だった…! 882人調査から読み解く、日本の「知性格差」』 【一覧】意外すぎる結果に…「タモリが司会」の好きな番組ランキングはこちら
日本語が読めない大学生たち
前回、日本人の大半は明治時代初期、つまりほんの数世代前までは読み書きができなかったことを資料によって確認した。読み書きの力や知的なものに触れる機会・能力はまったく平等ではなく、著しい格差があったのである。 しかし、それは明治時代の、しかも初頭の話ではある。戦後や現代ではどうだろうか? たしかに、近年は社会的な格差がよく話題になる。だが、そこで語られる「格差」の内容はほとんどが経済・金銭的なもので、文化的・知的な格差は見て見ぬふりをされている。 しかし、文化格差について研究を続けてきた社会学者が「日本社会は文化的には平等だ」という主張を「文化的平等神話」と切り捨てるように(※1)、経済以外でも重大な格差があることは、少なくとも専門家の間では知られているらしい。 知的格差がすっかり忘れ去られた2011年、全国の大学生を対象に数学能力の調査を行った数学研究者である新井紀子は、結果を見て愕然とした。数学の能力以前に、簡単な日本語で書かれた問題文を理解できなかったり、初歩的な論理展開もできない学生があまりにも多かったのである。そして、その力は大学の偏差値が低いほど低かった。 驚いた新井は全国の中高生を対象に読解力の調査を実施したが、結果は、上記の調査を後押しするものだった。「中学校を卒業する段階で、約3割が(内容理解を伴わない)表層的な読解もできない」「学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない」(※2)などの惨憺たる実態が明らかになったのである。
「字が読めない日本人は1.7%だけ」のウソ
この調査では、中学生のうちは歳とともに読解力が伸びる傾向があるのに、高校では伸びが止まることも確認された。それはつまり、かなりの成人も読解力に問題を抱えていることを示唆している。 また、読解力はやはり学校の偏差値と「極めて強い」正の相関があり、家庭の経済力とも相関があった。つまり読解能力や論理的思考力には著しい社会的格差があることが判明したのだった。 新井は「(基礎的読解力調査は)これまで世界中で誰もやっていません」とも記しているが、少なくとも、前回書いたように読解力の調査は明治時代初頭にもあり、そこでも著しい格差が示されている。 明治と平成の日本社会には知的格差があるらしい。では、その間に位置する昭和ではどうか。 1948年に、GHQの指示によって15歳から64歳までの16,820名を対象にした大規模な読み書き能力の調査が全国で行われた(「日本人の読み書き能力調査」)。規模の大きさや科学的な手法を取り入れている点で、この調査の信頼性は高い。読み書き能力を広く扱う問題は全90問で、1問1点の90点満点だった。 結論を先に記すと、得点がゼロ点の者は1.7%しかいなかった。この結果はその後独り歩きし、「敗戦直後でも100%近い日本人が読み書きできた」とか「日本人の識字率の高さにGHQが驚愕した」といった神話となって今も生き残っているが、実は近年、その解釈が正しくなく、実態はむしろ逆だったことが専門家によって指摘されている。 まず、たしかに98.3%の日本人は一問以上正解できたわけだが、たとえば一問だけ正解して他はすべて不正解だった者を「識字能力がある」とすることには無理がある。さらに、全90問のうち65問は四択ないし五択の選択問題で、適当に回答しても一定の点数が得られてしまうため、ゼロ点をとることが極めて難しかったことがわかっている。この点に着目したある研究によると、この調査で得点がゼロになる確率は0.000015%しかないという。 したがってゼロ点だった1.7%は、はじめから回答しようとしなかった可能性が高い(※3)。