いぶりがっこならぬ、いぶり柿 1週間いぶし、真っ赤に染まった甲子柿…甘くとろける食感
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】煙でいぶして「渋抜き」 真っ赤に染まった「甲子柿」はこちら
全国でも珍しい「いぶり柿」
「煙が目にしみる――」 煙が充満した「柿室(かきむろ)」に入った瞬間、そんな昔の名曲のタイトルを思い出した。息が詰まり、目から涙、鼻孔から鼻水があふれ出す。 「大丈夫ですか?」 生産者の佐野朋彦さん(44)が、笑いながら優しく気遣ってくれた。 岩手県釜石市の特産品「甲子(かっし)柿」は、全国でも珍しく、渋柿を煙でいぶして渋抜きをする。 秋田の名物「いぶりがっこ」(いぶした漬物)ならぬ、「いぶり柿」だ。 朱色の柿は煙でいぶされると、ツヤが出て真っ赤に染まる。 食感は甘くとろける、ゼリーのようだ。 「最近は人気が出て、店に並べてもすぐに売り切れてしまいます」 近くで販売している道の駅・釜石仙人峠の佐々木雅浩駅長(61)はうれしそうに話す。
昔は囲炉裏の天棚で渋抜き
甲子地区に柿がもたらされたのは、明治時代。藩の境がなくなり、隣の気仙地域から小枝柿が入ってきた。 当時はどの家にも囲炉裏があった。 早めに収穫した柿を天棚の上に置き、渋抜きをするようになったらしい。 囲炉裏では2~3週間かかったが、煙を充満させた柿室の中では、約1週間で「燻蒸(くんじょう)」が終わる。
「鉄の町」の甘い記憶
釜石製鉄所が隆盛だったころ、甘い甲子柿は製鉄所で働く人々に喜ばれた。 疲れた体に甘く染みこむ「鉄の町」の「ソウルフード」。 「祖父の代から作り続けている味を、大切に守っていきたいです」 佐野さんが煙の中でうれしそうに言う。 (2023年11月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>