父が先か、母が先か…「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」という母に「お母さんの財産のすべてを私に譲ると遺書に書いてほしい」と詰め寄った理由
お金のことが原因で父を孤独にしてはならない
そこで母に詰め寄り、お母さんが先に死んだ場合は、お母さんの財産のすべてを私に譲ると書いてほしいといった。ギョッとする母に「お父さんを東京に引き取るための経費に充てたい」と説明した。妹たちも大好きな父のことは常に案じているゆえ、異論はないはずだ。子どもたちに譲るものがあるなら、父が安心して生きていくために使うべきだと考えるはずだし、父のためにならないことは反対するだろう。ここで妥協してはならないのだ。 だが。私の力説を前にしても、母は「お父さんをおいて自分は絶対に死なない」と繰り返すばかり。自分が父を見送るという信念は揺るがない。そんな母からすれば、想定外のことを言い出され、戸惑っているのもよく分かるが、遺言はあらゆることを想定して作るべきだ。 説明するうち、しぶしぶ母は承諾した。そこで母のノートをたぐり寄せ、3等分した表の上に司法書士にわかるよう「父が存命で母亡き場合はすべてを長女へ相続」と赤字を入れ母に見せた。相続の文字の下に(父に充てる経費)と記して。 そして万が一、私が母より先に亡くなった場合には、その部分を書き変え、妹のどちらかにすべてを相続させるよう書いた。母も「そうか、こうすればお父さんの介護費用になるのね」と納得した。 強引なようだが、これで母がうまく説明できずとも、司法書士にノートを見せればこちらの意図は理解してくれるだろう。 誰が父を引き受けても金銭的な不安にかられることなく、プロの手を借りながら安心して寄り添えるだろう。時には孫やひ孫と父の団らんの費用に充ててもいいではないか。 お金のことが原因で父を孤独にしてはならないのだ。 ---------- 井形慶子(いがた けいこ) 1959年長崎県生まれ。作家。28歳で出版社を立ち上げ、英国情報誌「英国生活ミスター・パートナー」を発刊。100回を超える渡英後、ロンドンにも住まいを持つ。『古くて豊かなイギリスの家便利で貧しい日本の家』『ロンドン生活はじめ!50歳からの家づくりと仕事』『イギリス流輝く年の重ね方』『いつか一人になるための家の持ち方住まい方』『年34日だけの洋品店大好きな町で私らしく働く』など著書多数。 ----------