聴いている人の身近にあるアルバム、Mr.Children21枚目のアルバムに迫る
Mr.Childrenはロックを日常の音楽にした
黄昏と積み木 / Mr.Children ずっとそうだったのかもしれませんが、今のMr.Childrenだなと思ったのが、“小さな願いを一緒に積み上げよう”と歌った後に“1つずつ丁寧に丁寧に”というふうに付け加えているんですよ。この細やかさと言うんでしょうか。Mr.Childrenが過去のバンドにもなかったことが2つあると思っているんです。これは他にも書いたことがあるのですが、1つは日常の捉え方ですね。ロックを日常の音楽にした。2007年に17枚目のアルバム『HOME』が出たときに当時はインタビューも出ていたので、桜井さんが「日常を歌うのがロックだと思う」と言ったんです。多くのロックは非日常を求める音楽だった。音楽を脱して非日常の自分とか、非日常に至るための武器だった。でも、今は現実の方が非日常的で起こりえないことが起きているから、音楽は現実をなぞっているだけになるんじゃないか。ちょうど震災の後だったんですね。ロックが現実におもねらない音楽なんだとしたら、日常の大切さをむしろ歌うことじゃないかって。これがものすごい説得力があったんですね。 デビュー当時の彼らはロックバンド然としてませんでしたからね。他は髪の毛を立てていたり、革ジャンがジャラジャラしていた中で彼らはとても爽やかなバンドに見えていた。そのことが彼らの中の1つのコンプレックスとまでは言いませんけども、俺たちはロックとして見られてないんじゃないかと思った時期があったんだと思うんです。でも、日常を歌うのがロックだと言い切れるようになったとき、彼らがその葛藤を抜けたんだと思ったんですね。これは聴き手としての感想なのですが、転機が『HOME』だったんじゃないかと思うのですが、そのよさが隅々まで生かされているのがこのアルバムっではないかと感想を持ちながら12曲目をご紹介します。
誰にでもあることを歌っている。それが誰にでも当てはまる
deja-vu / Mr.Children バート・バカラックと思われた方がたくさんいらっしゃるでしょうが、このdeja-vuは既視感という言葉ですよね。どこかで見たことがあるような感覚。バカラックはどこか懐かしい、でもどこか耳に残っているという音楽でしょうから、そういうこともあってdeja-vuとついたのかなと思ったりもしたのですが。もう1つ、deja-vuってことで思ったの“僕なんかを見つけてくれてありがとう”。「GIFT」に“僕の方こそありがとう”というのがあったなと思ったりもして、前にもそういう気分になったことがあるよというタイトルなのかもしれないとも思ったんです。これも想像ですよ。そういう気分になったということで、前もこういうのがあったなということがこういう歌になったのかなと、これも推測です。 さっき日常性を歌ったバンド、これが彼らの1つの彼らの稀有な点だと言いましたが、もう1つあって、それは“無名性”なんですね。何万人も相手にしているスーパースター、カリスマという有名性が作品の中に感じられない。誰にでもあることを歌っている。それが誰にでも当てはまる。これはステージに立っている人であろうと、満員電車で揺られている人であろうと同じなんだなと思わせてくれる、彼らの中にもきっとそういう意識、感覚があるからそういう歌が生まれてくるんだろうと思うのですが、この曲もそんな曲だろうと思いました。自分たちは特別だという意識が見えない。彼らを語るときに数字、何作1位になったとか、何枚売れたとか、動員が何万人だと語る、それが彼らの大きさ、偉大さ。彼らのことを象徴するような語らい方がありますけども、そうじゃないバンドなんだと証明しているのがこのアルバムじゃないかなと思ったりもしています。最後の歌はまさに日常です。13曲目「おはよう」。 おはよう / Mr.Children 口笛が出ていましたが、「口笛」という名曲もありますね。あれも日常を歌った歌ですね。1曲目の「I MISS YOU」で迷って試して信じて疑ってと逡巡して始まったアルバムが「おはよう」で終わりました。僕らは音楽を聴くときにCDで作品を聴くか、ライブでステージ上の彼らを観るしかないわけですよね。その間とか裏側で何が行われていて、彼らがどんなことを考えているんだろうと知る機会はほとんどないんですけれども、今回のアルバムはそういうオフショット、オフステージの心の動きみたいなものを垣間見ることができた気がするんですね。こういう試行錯誤してきた30年なんだろうなとあらためて思ったりしました。 2005年の『I ♥ U』というアルバムの中に「モンスター」という歌があって、そのときのインタビューでMr.Childrenってモンスターバンドじゃないですかと言った軽薄なインタビュアーがいて、桜井さんは血相を変えて違いますって言ってましたからね。この「おはよう」はまさにそういうことでしょうね。そのときの軽薄なインタビュアーは私でありました。明日は大事な仕事があるという方にこの曲、そしてこのアルバムを贈ります。