日本、イギリス、イスラエルが抱える人口動態の「トリレンマ」とは?
このトリレンマを説明するのに最適な国として、日本、イギリス、イスラエルを取り上げる。いずれも3つの選択肢のうちのひとつを犠牲にして残りのふたつを享受している国である。 まず日本は、経済力を犠牲にして、民族性とエゴイズムを維持している。すでに述べたように、日本は国を開いて大規模な移民を受け入れる準備ができていない。日本人の大多数は多文化主義を歓迎しておらず、これは民族性を選択しているからだ[19]。と同時にエゴイズムも選択しているので、子供を持つことに消極的な日本人は少なくない。 [19] Morita, Liang, ‘Some Manifestations of Japanese Exclusionism’, 13 August 2015: https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/2158244015600036 (2020年9月27日閲覧). 子供を持ちたいと思っても、仕事と子育ての両立を思いとどまらせようとする文化、家事と介護のほとんどを女性に押しつけようとする文化に行く手を阻まれてしまう。このような状況では、多くの女性が結婚や子育てより自立を優先させるのはむしろ当然のことだろう。そして民族性とエゴイズムを選択することによって、日本は力強い経済成長を犠牲にし、世界にも例がないペースで政府債務を積み上げてきた。生産年齢人口の減少と、それに続く総人口の減少が経済成長の重い足かせとなっていて、どのような経済介入をもってしても修復の見込みがない。 もっとも、移民が経済に有利にはたらくかどうかについては、短期的観点からも1人あたり国民総所得の観点からも多くの議論がなされている[20]。ポイントは、移民を受け入れても、すでに国内にいる労働者の所得が上がるわけではないということ、しかしながら移民によって人口を増やさないかぎり、経済は成長しないということの2点になるだろう。 [20] アメリカから見た議論については、Borjas, George J., ‘Lessons from Immigration Economics’, The Independent Review, 22 (3), 2018, pp. 329–40を参照。 1つの国の中で、移民による勝ち組と負け組が生まれる可能性もある。イギリスには900万人(人口の約13パーセント)の外国生まれの人々がいるので、1人あたり国民総所得は上がっていないとしても、国全体の経済規模は間違いなく大きくなっている。労働者数の減少は経済の足を引っ張り、増加は経済を押し上げる。出生率が低下しはじめてから何年かすれば、労働市場に加わる現地生まれの若者は減ってくるのだから、移民による労働供給がなければ、当然のことながら労働力不足が顕在化する。 国民一人ひとりがもっとも重視するのは自分の所得かもしれないが、子供を通わせる学校の教師が足りないとか、年老いた親の介護を任せられる看護師や介護士が足りないといった事態になれば、労働力不足を実感せざるをえないだろう。 政府がもっとも重視するのは自国の経済規模、GDP成長率、税収、そして経済を円滑に回し、各種サービスを提供しつづけるために必要な労働力の確保である。
ポール・モーランド/橘 明美