「自分を殺してプレーしていたわけじゃない」長谷部誠がドイツで評価された理由
僕の契約更新に関する、こんなエピソードがある。 2010年1月、ディーター・ヘーネスさんが新たにスポーツディレクターに就任した。バイエルン・ミュンヘンのウリ・ヘーネス会長の弟で、ヘルタ・ベルリンでマネージャーを務めた経験があり、ドイツサッカー界では名が知れた人物だ。 僕とクラブの契約は2010年6月末で切れる予定だったので、僕の代理人がヘーネスさんと話し合うことになった。しかし、当時はヘーネスさんがヴォルフスブルクに来てから日が浅く、僕のプレーに関しては、ヘルタ時代に何となく見たことがあるという程度だったらしい。 僕の代理人はロベルト佃(つくだ)さんだが、業務委託でドイツでの交渉はトーマス・クロートさんに任せている(現在はトーマスに全任)。そのトーマスさんがヴォルフスブルクの事務所を訪れ、ヘーネスさんと会談した。 ヘーネスさんは、トーマスさんにこう聞いたそうだ。 「ヴォルフスブルクの試合は何回か観たが、実はハセベのプレーがあまり印象に残っていない。彼の良さはどこにあるんだい?」 トーマスさんは次のように答えたという。 「確かに彼のプレーは目立たないかもしれない。しかし、90分間、マコトのポジショニングを見続けてくれ。そうすれば、どれだけ組織に貢献しているか分かるはずだ」 後日、ヘーネスさんはトーマスにこう連絡してきたという。 「キミの言っていたことが分かったよ。彼は組織に生まれた穴を常に埋められる選手だ。とても思慮深くプレーしているし、リーグ全体を見渡しても彼のような選手は貴重だ」 ヴォルフスブルクは僕に契約延長のオファーを提示してくれた。実は他のクラブからもオファーがあったのだけれど、僕は結局ヴォルフスブルクに残った。このチームで一年を通じてコンスタントに出場して、もう一度優勝したいという思いもあったし、何よりチームが必要としてくれることが嬉うれしかった。 もしかしたら浦和レッズ時代をよく知るサポーターは、 「長谷部はもっと攻撃的なプレーをすべきだ」 と感じているかもしれない。自分らしさを消して、我慢してプレーしているのではないか、と。確かに組織のためにプレーしようという意識と、自分の良さを出したいという欲がぶつかって、葛藤が生まれることもある。けれど、「自分を殺すこと」と「自分を変えること」は違う。 僕はヴォルフスブルクで、自分を殺してプレーしているわけじゃない。 すぐに評価を上げようと思ったら、目立つプレーをした方が手っ取り早い。だけれど、組織に成功がもたらされたときには、必ずチームプレーをしている選手の評価も上がるはずだ。 焦らず我慢して継続すれば、いつか「組織の成功」と「自分の成功」が一致する。それを目指しているのであれば、組織のために自分のプレーを変えることは自分を殺すことではなくなる。 僕は就職したことがないので、自分の立場をビジネスマンの人たちに簡単には置き換えられないけれど、会社でも組織のベクトルと個人のベクトルを一致させられれば、どんな仕事でも自分を活かすことができるのではないか。チームの穴や業界の穴を分析し、誰よりも早くその穴を埋めていく。そうすれば、誰もが気がついてくれるわけじゃないけれど、必ず見てくれる人はいる。 これからも僕は、組織のために足りないものを補える選手であり、組織において不可欠な人間でいたい。そうすれば、たとえ目立たなくてもピッチに立つことができるだろう。