『ブギウギ』趣里の心揺さぶる「アイレ可愛や」 年内最終回はスズ子の原点エピソードに
帰京したスズ子(趣里)を待っていたのは、変わり果てた街並みとがれきの山だった。年内最後の放送となった『ブギウギ』(NHK総合)第64話は、戦時下にあって歌うことの意味を示した。 【写真】手を取り見つめ合うスズ子(趣里)と愛助(水上恒司) 空襲で焼け野原になった東京にスズ子は言葉を失う。想像以上の惨状を目にして、スズ子が考えたのは愛助(水上恒司)のことだった。どうか無事であってほしいと願いながら、三鷹の家へ急ぐスズ子。幸い家は無傷で、愛助は何事もなかったかのように笑顔でスズ子を迎えた。 生きていてくれたという安堵。スズ子には帰る場所があって、戦争のさなかでも愛する人の存在が心のよりどころになった。不安もあった。ただでさえ病気の愛助である。空襲があれば無事でいられる保証はないという考えが、地方へ慰問に行くことをためらわせた。 陽気なリズムに乗って軽やかに舞う「スイングの女王」は、天涯孤独な身の上だ。血のつながらない両親に育てられ、母、弟と死別した。失うことの辛さは骨身にしみている。スズ子の思いをくんだマネージャーの山下(近藤芳正)は、慰問の仕事を断った。 食べるものにも事欠く毎日で、大切な人のそばにいられる幸せがスズ子を満たしていたが、そんなある日、スズ子に自らの使命を意識させる出来事が起きる。 防空壕で肩を寄せ合い、敵機が去るのを待つ間に、赤ん坊が泣きだした。若い母親は懸命にあやすが泣きやまず、いらだった男が母親を怒鳴りつける。周囲が凍り付く中、スズ子は愛助に促されて「アイレ可愛や」を口ずさむ。その場の空気が柔らかくなり、赤ん坊が泣きやんだ。歌い終えるとまばらに拍手が起き、リクエストに答えて、スズ子はもう一度同じ曲を歌った。スズ子を見つめる人々の穏やかな表情が印象的である。戦争の暗い影はそこになかった。
人々は口々に礼を言って去る。愛助も「さすが福来スズ子や。みんなスズ子さんの歌で正気に戻っていく。スズ子さんの歌には力がある」と目を輝かせる。「福来スズ子の歌声は生きる糧、生きる希望になる」という愛助の実感は、この夜の出来事で確信に変わった。そのことはスズ子自身にとっても発見だった。 スズ子が人の心を打つ歌い手である事は明らかだが、戦争という非常事態にあって、スズ子の歌の持つ特質はより鮮明になった。それをスズ子に気づかせたのは、スズ子の最大の理解者である愛助だ。 愛国心を鼓舞し、兵士を勇壮な調子で戦地へと送り出す軍歌は、狂気じみた戦争に人々を駆り立てる。それに対して、スズ子の歌には聴く人の心を癒し、勇気づけ、争いを止める力がある。愛助の言葉を受けて、スズ子は人々に歌を届けることを決意。のちに「ブギの女王」として日本中に希望を送ることになるスズ子の原点といえるエピソードだった。
石河コウヘイ