ティラノサウルスから走って逃げられる? 思ったほど俊足ではない論文も 科学者の見解は【人気の物語を科学で検証】
歯をむき出して獲物を襲ってはいなかった? ティラノサウルスに「唇」があった可能性
ジープを追いかけるティラノサウルスの描写には、もうひとつ誤解があったという指摘もある。古生物学者たちによると、大きな歯をむき出しにした姿も間違いだった可能性が高い。 ティラノサウルスなどの肉食恐竜には、現在のトカゲのように、歯を覆う肉の唇があったという説が2023年に学術誌「Science」の論文で提唱された。恐竜に唇があったのか、なかったのか。それは、恐竜ファンや一部の専門家たちが長く議論してきたテーマだ。 この研究では、現在のトカゲやワニの解剖学的構造や、恐竜の歯の詳しい構造を調べた。さらに、ティラノサウルスから小型肉食恐竜まで、頭蓋骨と歯の大きさを比較した。 なかでも注目したのは、最も保存状態のよいティラノサウルス「スー」の標本だ。スーの歯はとても長く見えるが、頭蓋骨との比率では、現在のオオトカゲと変わらなかった。つまり、特別に大きな唇がなくても、トカゲのように歯を覆えたはずだ。
「できる限り攻撃力を高めるためにあるのです」
唇があることで、ティラノサウルスはさらに効率的な捕食ができるようになると言うのは、米ペンシルベニア大学の古生物学者であるアリ・ナバビザデ氏だ。 爬虫類には、哺乳類とは違って唇に筋肉がない。ナバビザデ氏は、唇の役割は歯がすり減るのを防ぎ、歯の水分を保つことだと言う。 唇はナイフの鞘のようなものだと、英エディンバラ大学の古生物学者であるスティーブ・ブルサッテ氏は表現する。「凶器の状態を保ち、できる限り攻撃力を高めるためにあるのです」 恐竜に羽毛が生えていたかという問題と同じで、こうした変化によって、恐竜があまり恐ろしく見えなくなるのではないかという声がある。それに対して、論文の共著者であるトーマス・カレン氏は「唇や羽毛があるかどうかは、実際にその持ち主が恐ろしいかどうかとは関係ありません」と述べる。それは、猛禽類や哺乳類の肉食動物を見ればよくわかる。 『ジュラシック・パーク』シリーズは完結したが、次のSF恐竜映画では口を閉じてゆっくりと迫るティラノサウルスが活躍するに違いない。 ※この記事はナショナル ジオグラフィックとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
文=SHAENA MONTANARI、RILEY BLACK/訳=ルーバー荒井ハンナ、鈴木和博