レスリング代表だった男がなぜ競馬記者に? その道しるべと今後の野望とは
今回の「ケイバラプソディ~ 楽しい競馬」は、8月末から中央競馬担当となった東京のルーキー・深田雄智記者(23)が、自己紹介も兼ねて競馬愛を伝える。レスリングで日本代表を経験した男がなぜ競馬記者の道を歩むことになったのか。その道しるべと今後の野望について明かした。 ◇ ◇ ◇ 週末の朝は、新木場駅で「夢の国」へと続く電車を待つ。正確には「私にとって」とつけた方が適切か。本家? 「夢の国」への最寄り駅で降りる家族、カップル、若者の集団をよそ目に電車に揺られて中山競馬場へ向かうのは、十数年前と変わらない。 競馬好きな父の影響で見始めたのは物心ついたときから。一番古い記憶は、ハーツクライが勝った05年有馬記念。実家は大井競馬場まで自転車で20分ほど。関東主場へもそれぞれ電車で1時間弱。週末にグリーンチャンネルをつけるのは、ライフサイクルの1つ。父が毎週末に購入する新聞を見ながら胸を躍らせ、いつかは競馬記者になれたら、と頭の片隅に思っていた。 幼少期から始めたレスリング。着々とステップアップし、パリ五輪も現実的だった。ただ、その夢はあっけなく国内予選で散った。まもなく大学4年になろうかという時期だが、就活は何もしていない。ある日、友人と立ち寄ったウインズ汐留で予想中にふと思い出した。「競馬記者になりたい」。そこからは新たな夢へ向け就活を進めた。 競技や就活で悩むことはあったが、いつでも心の支えで、生活に彩りを与えてくれたのが競馬。ただ、嫌な思いをしたこともある。少年時代から学生にかけて、競馬の話ができる友達がいなかった。馬券の購入は20歳からなので、遊びの一環としてなじみがないのが当たり前。「おっさんじゃねーか」と言われることは想定していたが、胸を張って競馬が好きとは言えなくなった。 今はサービスが充実し「ウマ娘」も流行。幅広い世代が興味を持ち始めた。私の周りも一緒に競馬場やウインズへ遊びに行く友人ができ、現地へ着いてビールで乾杯しながらの予想中「こんな日が来るのを待ってた」と常々思う。 ネットでも馬券が買えるが、やっぱり競馬は生で見てこそ。現地観戦した13年キズナのダービーの入場者は約14万人。現在は入場制限があるとはいえ、今年の天皇賞・秋は約7万人。記者室から内馬場を見ると、まだ空いている部分が見えた。競馬記者になって3カ月。「堂々と競馬が好きと言える若者が増えてほしい」と思いながら、楽しく仕事している。十数年後は舞浜駅だけでなく、船橋法典駅で降りる若者が増えるように、競馬の魅力を広めていきたい。今後ともよろしくお願いいたします。 ◆深田雄智(ふかだ・ゆうと)2001年(平13)6月23日東京都品川区生まれ。早大卒。4歳からレスリングを始め、大学時代に学生選手権優勝、U23世界選手権日本代表の経験を持つ。24年入社。趣味はボートレースとお酒を飲むこと。天皇賞・秋でいきなり3連単39万7100円(◎△△)の高配当を的中させた。 (ニッカンスポーツ・コム/競馬コラム「ケイバ・ラプソディー~楽しい競馬~」)