「バカはバカだよな」同僚からの“誹謗中傷”で労組に駆け込み、提訴も…裁判で「違法ではない」とされた“まさかの理由”
裁判所の判断
残念ながら、Xさんの敗訴である。 ■ 誹謗中傷にあたらない? 裁判所の判断はおおむね以下のとおりだ。 ・YさんがXさんに対して否定的な感想、意見を述べたことは否定できない ・しかし、Yさんの発言は「いやだ」「気持ち悪い」「大っ嫌い」など主として主観的な感情・評価を吐露するものにすぎず、Xさんに係る個別具体的な事実を摘示してXさんの社会的評価を低下させたとは言えない ・具体的な事実に基づく論評・評価とも言えない さらに回数が少なかったことも、下記のように「違法ではない」と結論づける理由としている。 「Xさんは、出勤する日はほぼ毎日録音しており件数は500件に及んでいるが、Xさんへの否定的評価が録音されたのは2日間にすぎず、継続的にXさんに対して否定的発言をしていたわけではない」(裁判所) なお、Xさんは「Yさんが私の持ち物を漁った」と主張していたが、裁判所は「Yさんが物色したとは認定できない」としている。 ■ 他の裁判例 筆者は、▼バカはバカだよなあ▼気持ちわりぃ▼うそぶいてんの。いっつも、うそぶいてんの、という発言については侮辱にあたり、違法だと考えている。 なぜなら過去の裁判でも、同じような発言が違法認定されたケースがあるからだ。(東京地裁 H27.1.13) ・発言1 上司が部下に対して「気持ち悪い接客をしているから、こういう気持ち悪いお客さんにつきまとわれるんだよ。あなたは、こういう気持ち悪い男が好きなのか」と言い放った。 この発言について裁判所は「部下に対する侮辱であり不法行為にあたる」と判断。「継続性」など関係なく、イッパツの発言で違法認定されている。 ・発言2 精算関係のミスをした部下に対して、上司がほかの職員の前で「これこそ横領だよ」と言い放った。 この発言について裁判所は「部下を犯罪者呼ばわりしたことは不法行為にあたる」と認定している。今回の事件でも「うそぶいてんの」という発言は、うそつきの人物であると印象づけるため、ほかの裁判官にあたれば違法認定された可能性があるのではないだろうか。 ■ 会社で録音していいのか? 結論から言うと、“多くの人が利用する場所”であれば録音はOKだ。今回も裁判所は「従業員が共同で使用する休憩室で録音が行われており、著しく反社会的な手法で人格権を侵害して取得されたとまでは認められない」として、「この録音は証拠として認める」と判断している。 ※ マメ知識 たとえば、勝手に人の家に上がり込んで盗聴器を仕掛けるなどした場合は証拠として認めてくれないが、多くの人が利用する社内であればほぼ問題ないだろう。なぜなら、過去に裁判所が「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集された場合【だけ】証拠として認めない」(東京高裁 S52.7.15)との判断をしたからである 。
最後に
Xさんは全く納得できなかったと思う。「この発言は侮辱にあたるのか?」など、評価を伴う判断は裁判官によって異なるので、裁判は運に左右されることもあると言わざるを得ない。 将来「AI裁判官」が登場したら、過去数百万件の発言を洗い出した上で全国の裁判所においてブレのない判断をしてくれるかもしれないが、実現はまだまだ先になりそうだ。 林 孝匡(はやし たかまさ) 【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。
林 孝匡