チンパンジーにもモラルがある!?…なぜ人類は進化に不利な「協調性」を身に着けることができたのか
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第20回 『なぜ私たちは「人助け」に魅力を感じるのか…何百万人もの集団形成を可能にする“人間の特性”とは』より続く
サルを用いた検証はふさわしくない?
人間に関する仮説は(そして医薬品も)、サルを用いて検証されることが多い。しかしここでは、サルを用いた検証というやり方はふさわしくない。特定の能力が、ある霊長類や別の霊長類で確認できるという事実は、人間の道徳心を説明できない証拠とみなすことも可能だからだ。サルと人間は大きく異なっていて、まったく別の行動をとる(飛行機に乗るチンパンジーの話を思い出してみよう)。 つまり、ある特性が霊長類に見られた場合、それを人間特有の行動の説明に用いることはできなくなる。サルにもそれができるのなら、なぜ彼らは船をつくることも、結婚することも、本を書くこともしないのだろう? オランダ人霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールは、何度もこの罠にはまってしまった。特に、「人間の価値についてのタナー講義」の一環として2003年にプリンストン大学で発表し、のちに『Primaten und Philosophen(霊長類と哲学者)』のタイトルで出版した論説において、ドゥ・ヴァールは人間の道徳には進化に端を発する深い起源があると証明することで、道徳にまつわる「ベニア理論(うわべだけの理論)」を覆そうとした。 「利他主義者をひっかけば、その皮の下で偽善者が血を流す」がベニア理論家のモットーで、彼らの考えでは、人間は行儀のよい冷静な表情の下に非道徳的で凶悪な真の顔を隠しもっていて、自分の利益のためという条件付きでしぶしぶ社会のルールに従っているだけだ。ここぞというチャンスが来たら、一見したところこの上なく無垢な仔羊でさえ、殺しや強奪をいとわない。