ひもでつるし一晩凍らせ、寒気にさらし… 厳しい寒さがおいしくさせる「干し餅」
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】おばあちゃんが丹精込めた「干し餅」
炭火であぶっておやつ代わりに
雪深い山奥の軒先に、真っ白な「干し餅」が揺れている。 岩手県遠野市の農業・藤田和子さん(78)の古民家を訪ねると、微笑みながら干し餅の作り方を教えてくれた。 干し餅は遠野地方に伝わる伝統食品。1月中旬に餅をつき、形を整えた後、寒さの厳しいときに外に出して一晩凍らせる。 その後、紙に包んで、3月中旬まで寒気にさらして乾燥させる。炭火であぶっておやつ代わりに食される。 「遠野は寒いでしょ」とにっこりと笑って藤田さんが言う。 「その寒さがお餅をおいしくしてくれるの」 昔は寒いときにつくるので「寒餅」とも言った。
孫にもう一度、干し餅を…
取材後、軒先でお茶をのみながら世間話をした。 「人生で一番楽しかったことは何ですか?」と尋ねると、藤田さんは教えてくれた。 「孫が高校生の時に、お弁当を持ってハンドボールの試合を見に行ったことね」 その孫も今は県内の銀行員。昔は干し餅が大好物だったという。 「孫にもう一度、干し餅を食べに来てほしいなあ」 素晴らしい人生とは何か。おばあちゃんはおそらく、その答えを知っている。 (2022年2月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。籍籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>