「2023年のジャズ」を総括 様々な文脈が交差するシーンの最前線
あらゆる音楽文化が繋がり合っている
最後に、メインストリームにも影響を与えている2023年最大の話題作を2つ。ヒップホップの伝説的デュオ、アウトキャストのアンドレ3000によるソロアルバム『New Blue Sun』は、ラップを封印したフルート・アルバムということで、各方面に「ジャズ」のカテゴリーで取り上げられていますよね。あの作品がジャズかどうかは意見が分かれそうですが、共同プロデューサーのカルロス・ニーニョを中心としたLAのジャズ~ニューエイジ周辺のコミュニティが全面バックアップしていますし、少なくとも無関係ではないのかなと。 ニューエイジやアンビエント、ある種のイージーリスニングがここ数年リバイバルしているのは有名ですが、その流れはジャズとも繋がっていて、『New Blue Sun』にも参加したマシューデイヴィッドの主宰レーベル・Leavingや、シカゴのInternational Anthemといったレーベルがそういった作品を録音していたり、ジョン&アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースなど古のジャズ奏者が手掛けたメディテーション作品の再評価が進んでいたりというふうに、「ジャズとチル」というトピック自体は以前からあったんですよね。 実際、アンドレによるSpotifyプレイリスト「André 3000 Digs Jazz」を見てみると、その辺りの顔ぶれと、吉村弘、ララージ、スティーヴ・ライヒといったアンビエント~ミニマルの音楽家が同列に並んでいるわけですが、アンドレがそれらを全部ひっくるめて「Jazz」と掲げているのは、先ほどの「ジャンルが曖昧になってきている」という話とも繋がってくるし興味深いです。それにおそらく、アンドレがそういった音楽を愛聴し、自分でも作ろうと決心するに至った背景には、ヒップホップや社会全体の問題であるメンタルヘルス、セルフケア、ミッドライフ・クライシスといったイシューとも密接に結びついていそうな気がしますよね。こうした様々な文脈を、ここまでクリティカルな形で提示してみせたのはさすがだと思います。 ジョン・バティステはジャズピアニストとしてキャリアを出発させ、故郷ニューオーリンズの伝統的なジャズからヒップホップまで縦断した前作『WE ARE』でグラミー5冠を達成。さらなるポップ化を推し進めた『World Music Radio』では、植民地主義のイメージがあるとして近年は敬遠されてきた「ワールドミュージック」という言葉の再定義を目論んでいます。ゲスト参加しているNewJeansやラテンポップスターのカミーロなどを例に挙げるまでもなく、様々な国/地域のポップミュージックが広く聴かれるようになった現状を思えば、このコンセプトも実に納得できますよね。 ただ、バティステは単純に「We Are The World」的な理想論を掲げているわけではなく、実際のレイヤーはもっと複雑です。というのも、本人いわく「世界中のカルチャーをカラーパレットのように見立てた」作品なのに、サウンドの制作面ではジュリアード音楽院で学んでいた頃の友人たちやバンドメイトがサポートしていたり、カラフルな音楽性のなかに、自身のルーツであるジャズ由来のコード進行やリズムが盛り込まれていたりもする。ゴスペルやソウル、カントリー、ブルースといったアメリカ音楽の要素も多く聴かれます。 つまり、バティステはそれらをワールドワイドなサウンドと一緒に鳴らすことで、世界における自分たちの立ち位置を確かめながら、もはやアメリカ音楽が「中心」ではなく北米のローカルな文化に過ぎないことを示唆している。それは同時に、すべての音楽が平等であり、あらゆる音楽が実はどこかで繋がっていることを祝福しているようにも映ります。 以前、ジュリアン・ラージとの取材でギターの歴史について尋ねたら、彼は自分の言葉でバンジョーやフィドル、リュートといった弦楽器にルーツがあり、世界各地の文化やフォークロアが影響し合ってきた経緯を説明したあと、「一部の地域だけでなく、(世界中の)島々すべての背景が複雑に絡み合っているんだ。僕らはそれぞれの地域で生まれたにしろ、人類の文化は互いに繋がり合っている」と語っていました。この発言はそのまま、『World Music Radio』の思想にも当てはまりそうな気がします。 「すべての音楽は平等で繋がり合っている」というコンセプトを形にするために、アメリカと非西欧の音楽史を辿り直し、その背景にある宗教など様々なイシューも徹底的にリサーチしたうえで、ジャンル・人種・地域が平等化した音楽とはどういったものかを想像し、それをどうやったらポップに届けられるのかを追求していく……『World Music Radio』をそのように解釈すると恐ろしく野心的ですし、いろんな人種が入り混じり、社会が複雑に絡み合う現在のアメリカから、こういうアルバムが生まれたことの意味についても考えさせられますよね。しかも、各々が自分たちのルーツと向き合うジャズの最前線とも完全にシンクロしている。バティステが第66回グラミー賞(2024年)の主要部門にノミネートされたことを批判する声もありますが、海外のメディアも正直追いつけていないですし、深く聴き込むことで見えてくるものがある作品だと思います。 --- 柳樂光隆(なぎら・みつたか) 1979年、島根県生まれ。音楽評論家、DJ、ラジオパーソナリティ。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズを監修。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。メディア出演も多数。
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