【内田雅也の追球】「没頭」するための休養
高知・安芸の阪神秋季キャンプは期間中最後の休日だった。17日の打ち上げを前に選手たちは疲れをいやし、英気を養ったことだろう。 監督・藤川球児が今キャンプで掲げたテーマは「没頭」だった。高知入りした先月31日に語っている。「一心不乱に周りが見えなくなるくらいの集中力を持って。時間を忘れるという、それだけ追求できるというのは、どの選手にも訪れたらいいよなと……」。自らも含めての姿勢を短い言葉にこめた。いわゆる「野球漬け」の日々を求めたように聞こえる。 だが、一方では休養の重要性も説いている。「休みは自分の気持ちを休ますぐらい。体は常にアイドリングしているような状態。上手に使えばいい」。藤川も現役当時から趣味の釣りやゴルフを楽しんだりしていた。 大リーグでカウンセラーを務めたハーベイ・A・ドルフマン、大リーグで監督も務めたカール・キュールの共著『野球のメンタルトレーニング』(大修館書店)には<目標への没頭(願望を行動に変える)>の章を立てている。 <どんなスポーツでもチャンピオンになるような選手は、誰だって人並み外れた努力をしている。彼らは絶えず高い目標を設定し、それを達成することに没頭する>。願望→目標→没頭→成功のサイクルである。 主に1970―80年代に活躍し、大リーグ記録の10人連続奪三振の記録も持つトム・シーバーはメッツ時代のある夜、遠征先からニューヨークに帰ると、本拠地シェイスタジアムに直行した。駐車場から漏れる光のなか、ネットピッチングを行った逸話などが紹介されている。 ただし、それでも章末には<努力するとか没頭するとかは、強制的な義務でもないし、野球以外のすべてを犠牲にしなくてはならないということでもない>とある。 シーバーは<野球と同じくらいゴルフやハンティングに熱中するし、コンサートに行くにもとても好きだ>。 プロの野球選手といえども人間である。野球は人生の一部に過ぎない。<しかし彼らは、野球で成功を収めるために必要なことは全身全霊をこめて没頭できるという点で他を圧倒している>。 つまり、野球に没頭するためにうまく休むのだ。読書や映画鑑賞や博物館や史跡巡りもまた、野球に通じていると書いておきたい。 =敬称略= (編集委員)