TVerは“テレビ”を超えるのか? ユーザー数を更新し続ける独自の戦略に迫る
「しまった、新ドラマの〇〇、昨日から放送だったんだ。見逃し配信で観ておこう」あるいは「ノーマークだったけど、△△っていうドラマ、評判良いみたいだからチェックしておくか」……そんなチェックの仕方・視聴の仕方が、ドラマ好きの間ではすっかり定着した感のある昨今。 【写真】TVerだから作ることができた『潜入捜査官 松下洸平』 長年にわたるテレビの主だった評価基準「世帯視聴率」が「個人視聴率」中心にシフトし、さらに近年は、「TVer再生数」がドラマヒットの重要な要素となっている。 では、TVerは今、どんな層にどのように観られているのか。その傾向や特徴、今後の動向などについて、TVer取締役サービス事業本部長・薄井大郎氏に聞いた。 「今、TVerを一番多く利用している層が、テレビの属性の切り方で言うと『F2』(35~49歳の女性)で、次が『M2』(35~49歳の男性)層。テレビ全体の視聴者層に比べると、TVer視聴者はそれより少し若い層がボリュームゾーンとなっており、『M1層』(20~34歳の男性)も大きなゾーンになっているのが特徴かと思います」(薄井大郎、以下同) 配信サービスは、コロナ禍のステイホームにより拡大・浸透したという見方が一般的だが、実は新型コロナウイルス感染症が今年5月8日から5類感染症に移行した以降も、ダウンロード数・再生回数ともに順調に推移。今年8月には歴代最高となる月間ユニークブラウザ数(MUB)3000万を突破し、同月の再生回数は1カ月で3.9億回を記録。さらに今年9月、10月と、3カ月連続で最高のユーザー数を毎月更新し続けているという。 これはステイホームの一時的な時間潰しではなく、観られ方そのものが変化していることを裏付ける数字だろう。なかでも、強みを発揮するのが、ドラマジャンルである。 「バラエティジャンルとドラマジャンルの全体の再生回数を比べると、同程度ですが、バラエティは番組数がすごく多いためにトータルの再生回数が多くなるのに対し、ドラマは作品数がそこまで多くないのに、1作品あたりの再生数が多いです。ドラマでは1話で1週間200万再生というのが、今は一つのヒット基準ですが、バラエティ番組の場合は最も伸びる『水曜日のダウンタウン』(TBS系)でもが100万再生を超えるイメージですね」 では、TVerで再生数が伸びるドラマの傾向とは。 「最近は考察が盛り上がるドラマがSNSなどでも話題になりますが、TVerでも例えば昨シーズンの『VIVANT』(TBS系)や『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ系)など、考察要素のある作品は上位に来ていました。こうした考察系の作品は、最初の3話分を常設する作品が増えてから、考察のためにもう1回観返す人、途中から評判を聞いて入って来る人を含め、伸びている印象です」 TVerで最初の3話分を常設するようになったのは、2022年10月から。最初に開始したのがフジテレビで、TVer再生数やSNSでのトレンド入りが幾度も話題となり、社会現象ともなった作品『silent』(フジテレビ系)が始まったタイミングだったという。 「考察系とは違う流れとして、夏ドラマの『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)や『王様に捧ぐ薬指』(TBS系)なども再生数を大きく伸ばしました。『silent』もそうですが、恋愛ドラマはハマるとすごい結果が出るという印象があります。加えて、『あなたがしてくれなくても』は1人で観ることに向いている作品だということもおそらくあったと思います。データを見ても、スマホやタブレットなど、個人のスマートデバイスの視聴率が高いんですね。お茶の間みんなで揃って観るというよりも1人の時間にスマデバで観ることに向いている内容(セックスレスを題材)だったのかもしれません。こうした傾向は、いわゆる深夜帯のドラマ『夫婦が壊れるとき』(日本テレビ系)の伸びにも見られます」 TVerで観られる過去作も増えている。若い世代にかつてのトレンディドラマを観る人がいると聞くが……。 「例えば今はフジテレビさんが『フジドラWINTER!』として新旧50作のドラマを出してくれているように、昔に比べて過去作もたくさん放送局さんから出していただけるようになりました。ただ、それが若い人にも観られているかというと、実態としてはそれほど多くありません。最近の旧作で大爆発していたのは、映画公開に合わせて配信していただいた『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)ですし。『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)が話題になったり、『3年B組金八先生』(TBS系)が新作のない端境期にランクインすることはありましたが、90年代ドラマなどで20位以内に入ることはあまりないですね」 TVerが番組無料配信サービスの提供を開始したのは、2015年。順調にアプリのダウンロード数やユーザー数・再生数を伸ばしてきたわけだが、スタート時から現在までの視聴方法に変化を感じることとは? 「大きな変化といえば、インターネットに繋がったテレビ(CTV=コネクテッド・テレビ)であれば、テレビ画面でTVerを観ることができるようになったことです。CTV視聴の割合は伸びていて、今はTVer全体の再生数の3割ほどがCTVで観られています。YouTubeもテレビで多く観られているという発表がありますし、インターネットに繋がったテレビデバイスの需要が高いんですね。また、CTVのリモコン戦略にも注力しており、今はテレビのリモコンにTVerボタンがつくケースも多く、今年からAmazon Fire TV StickにもTVerボタンが導入されてきています」 今は様々な配信サービスがあるが、TVerの強みについて薄井氏はこう語る。 「全局全番組のコンテンツがまとまっているということ、それが無料で観られるということが、シンプルにして最大の強みだと思っています。『テレビのDX(デジタル・トランスフォーメーション)化』などとよく言いますが、テレビでできること、やっていることは全部できるようにしたい。1局しか映らないテレビを誰も買わないことと一緒なんですよね。1つに集まっていることが、価値なんです。また、それをただインターネットにのせるだけでは意味がないので、サウナやキャンプ、ホラーなど、特定のコンテンツだけを集めてみるような特集もたくさんやっています。そうしたテーマ切りで集められるのは、全局分の作品があるからできることです」 コンテンツ軸では、例えば次クールのドラマ予告だけまとめることで、全局全部の作品を予告から網羅的に知り、好みの作品をチェックできるのは、まさにテレビではできないこと。 また、機能軸でいうと、レコメンドをしたり、ドラマランキングから選んだり、お気に入り登録できたりすることも、テレビにはないことだ。 さらに、TVer発のオリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』も登場している。 「『潜入捜査官 松下洸平』はバラエティといかにコラボできるかに注力しました。ただ単にドラマを作るだけだったら、放送局と変わらない。TVerだからこそできるドラマとして、全局分のバラエティ番組が協力してくれるということをフックにしているわけです」 テレビにはできない、他の配信サービスにもできないことがたくさんあるTVer。では、「逆に課題は?」と問うと、薄井氏はこう語った。 「TVerの認知率は約70%です(2023年4月時点 株式会社マクロミル社調べ)。その一方で、無料だと知っている人は実は多くありません。まずは1回観る、次にもう1回観る、そこから毎日のように観てもらうところまでどうやってたどり着けるかが最大の課題であり、今は一番手前の関門として『無料の認知』があります。今もTVerを会員登録して月額払う他の配信サービスと同じだと思っている方がたくさんいらっしゃるんです。これからTVerがどんなサービスなのかをより知っていただく努力をし、さらに多くの方に使っていただけるサービスにできればと思っています」
田幸和歌子