大の里、原点は卯辰 きょう高校相撲金沢大会 少年時代から憧れ、相撲留学決意
●個人3位「感動忘れない」 「相撲王国・石川」の聖地を踏み、角界で羽ばたく力士たちが多くいる。大相撲夏場所で新三役入りを果たし、横綱、大関を次々となぎ倒し「主役級」の存在感を示す大の里(津幡町出身、二所ノ関部屋)もその筆頭格だ。かつて卯辰山相撲場の観客席でかじり付くように土俵を見詰めた相撲少年は、天皇賜杯を抱く夢が現実味を帯びる地位までたどり着いた。 【写真】2019年の第103回大会で団体8強に入った海洋の現・欧勝海、深沢成矢(上) 津幡小1年で相撲を始めた大の里(本名・中村泰輝)。相撲雑誌を愛読し、高校相撲金沢大会の熱戦を報じる北國新聞に目を通すような少年だった。「相撲ってかっこいい。自分もいつかは出たい」。毎年父知幸さんに連れられ、卯辰山の熱闘を観戦した。 小学6年の卯辰山が一つの転機となった。2012年の金沢大会では海洋高(新潟)が団体戦で決勝まで駒を進め、金市工高を破って42年ぶりの優勝を果たした。この時の土俵の熱気を肌で感じた大の里はその後、新潟県糸魚川市の能生中、海洋高への「相撲留学」を決意する。 両校相撲部の田海哲也総監督の妻で寮母の恵津子さんは、勝利に沸く土俵下で、観客席にいた大の里に「来年、うちで待ってるよ」と声を掛けた。石川が誇る大器の土台を作った新潟での6年間は、金沢大会があってこそだった。 大の里自身も海洋高時代には、18年の第102回大会では個人3位の成績を残し「金沢大会に出た時の感動は忘れない」と振り返る。 海洋高を卒業後は日体大に進学。2年連続アマチュア横綱など数々のタイトルを獲得し、23年夏場所で幕下10枚目格付け出しでデビューした。持ち前の体格を生かした前に出る圧力を武器に、白星を量産。所要2場所で新十両、同4場所で新入幕、同6場所で新三役に昇進するスピード出世を果たした。 子どもの頃に憧れた卯辰の土俵で戦う高校生力士にとって、今は憧れられる存在になった大の里。大相撲の聖地・両国国技館の土俵で躍動する姿は、金沢大会の盛り上がりにも結び付いている。 ●欧勝海、団体ベスト8 大の里の1学年後輩で、ともに津幡町少年相撲教室で相撲を始めた十両の欧勝海(同町出身、鳴戸部屋)も卯辰山の土俵を踏んでいる。 津幡南中を卒業後、大の里の誘いで海洋高に進学。大の里とともに団体メンバーとして臨んだ第102回大会の団体でベスト8、大の里卒業後の第103回大会でもベスト8進出を果たした。 海洋高から角界の道に進んだ欧勝海は左肩の大けがも乗り越え、今年初場所で新十両となり、念願の関取の座をつかんだ。関取3場所目となる夏場所では、けがと付き合いながら懸命に相撲を取る。 ●琴桜、貴景勝らも躍動 他にも大相撲で活躍する関取衆の中には高校相撲金沢大会に出場経験者らが多い。 今場所から元横綱である祖父のしこ名を受け継いだ琴桜も埼玉栄高時代に金沢で相撲を取った。第99回大会では団体3位、個人でベスト8の成績を収めている。 同じく大関で、埼玉栄高の貴景勝は第98回大会で個人優勝を果たした。先場所で大の里との優勝争いを制して110年ぶりの新入幕優勝を果たした尊富士も、鳥取城北高時代には第100回大会で団体準優勝に貢献した。