「耳の不自由も、時々うつになるのも個性」エッセイスト・麻生圭子、失聴で心を癒した音楽との別れ
“TODAY IS A GOOD DAY” 麻生圭子さんの好きな言葉だ。若いころは、明日は今日よりいい日にと考えてきたが、60代になり、明日ではなく今日をいい日にと考えるようになった。今日、今を幸せにと。 【写真】東京、京都、ロンドン、そしてたどり着いた琵琶湖畔でくつろぐ麻生さん夫婦
エッセイスト・麻生圭子さんの日課
琵琶湖畔に住んで8年目。目の前に広がる青く澄んだ湖は大きくたゆたい、季節や時間、天気によっても表情を変え、刻々と変化し、見ていて飽きることがない。朝に夕に、湖岸を散歩するのが、麻生さんの日課となった。 「広い湖を見ていると、心の澱が洗い流され、小さなことはどうでもいいと思えるんです」 と、遠くを見ながら言う。 湖をもっと感じたいとカヤックも始めた。インドア派だった人がすっかりアウトドア派に。着るものもジーンズにワークブーツ。ショートの髪には白髪も目立つ。それが、ナチュラルでカッコいい。 ほっそりとした身体からは想像できないが、麻生さん、結構たくましいのだ。住んでいる家は、古い保養所を夫婦でリノベーションしたもの。 天井をはがして梁を入れたり、床も壁も取り払い、張り替えたり塗り替えたり。夫の馬場徹さんは、一級建築士。馬場さんの指導のもと、ペンキを塗ったり、タイルを張ったりした。 「汚れが飛ぶから、作業着を着て、タオルを職人巻きにしてね」 と楽しそうに話す。 バスタブ、トイレ、洗面台、ランドリーなど水回りのものは、仕切りをつけずにひとつの空間に置かれ、清潔で、明るく開放的。この6畳ほどのスペースの床から天井まで、白いタイルを張るのは麻生さんの担当だった。 「だんだんできていくのを目で確認できるのは、うれしいもの。見えるものへのこだわりが強いのは、耳の問題があるからかもしれないわね」 実は、若いころから徐々に聴力が衰える耳の病気で、数年前には聴力を失った。そのために夫婦の確執もあったが、湖畔暮らしは心を穏やかにし、人生を再構築することとなった。2023年11月に上梓した『66歳、家も人生もリノベーション』は、66歳になった麻生さんの、住まいや暮らし、猫との生活などを、美しい写真とリズム感あふれる文章で描いたエッセイ集だ。