ブリヂストン防府工場、乗用車用タイヤの生産工程&鉱山・建設車両用タイヤの試験センターを見てきた
ブリヂストンは、山口県の防府工場において商品設計基盤技術「ENLITEN(エンライトン)」、モノづくり基盤技術「BCMA(Bridgestone Commonality Modularity Architecture)」、そして鉱山で働く巨大なトラックなどに使用するORタイヤ(Off The Road Tire)「MASTERCORE(マスターコア)」についての取材会を開催した。 【画像】ブリヂストンの歴史。ブリヂストン創業者である石橋正二郎氏は創業時に社是を「最高の品質で社会に貢献」と定めていて、これは現在もグローバルで受け継がれているという ブリヂストンは1931年に創業した長い歴史を持つ企業で、あと7年経つと「100年企業」となる。当初は日本、アジアを主な相手としていたが、1988年に米ファイアストンを買収したことをきっかけにグローバル化が進み、現在は東京のグローバル本社を軸にアメリカ、ヨーロッパ・中近東・アフリカ、そしてアジア・オーストラリア・インド・中国の各エリア、約150の国と地域で事業を展開する。 その内容は原材料を作ることから始まり、研究開発、生産、販売というものだ。そして2023年の売上利益は4兆3138億円、営業利益は4806億円、グローバルでは約150の国と地域で事業を展開していて従業員数は約12万5000人となっている。 ■ 新たなプレミアムの創造を進めるためのエンライトン、BCMAとは ブリヂストンでは現在、プレミアムタイヤ事業、化工品・多角化事業、ソリューション事業、それにロボット「Morph(モーフ)」や「AirFree」など、成長事業・コア事業となっていくための探索事業といったことを手掛けているが、やはり主力は乗用車、トラック・バス、農業車両、鉱山・建築車両、航空機、モーターサイクルといったスペシャリティなどのタイヤを作るプレミアムタイヤ事業である。 そんなブリヂストンでは新たなプレミアムの創造を進めるためエンライトン、BCMAを取り入れている。これは新しいブランドを作るのではなく、すでに認知されているポテンザやブリザックといったブランドの価値をもう一度改めて定義して高めたいというものである。 まずはエンライトンだが、これは商品設計基盤技術で商品力を上げるためのものとなる。 タイヤには静粛性、環境性能、燃費を左右する転がり抵抗などの性能を多角形で表すグラフがあるが、ブリヂストンではそれを性能円と呼んでいる。 従来のタイヤも完成度が高いものだが、その性能をすべて向上させたうえで(性能円を拡大)、市場やユーザーごとに求める性能をさらに引き上げる作りを施すもの。それにより満足度を向上させるのがエンライトンが目指すことである。 とはいえタイヤの性能には一方を引き上げると背反作用も生まれる。また、タイヤの作りを複雑にしすぎると工場にはこれまで以上に多くの部材が流れるので、オペレーションの切り替えも複雑化するなど、サステナブル環境という視点ではベストではない。 そこで使用する新技術が「BCMA」。内容としては、タイヤの構造をタイヤの骨組みであるカーカス部を「モジュール1」、補強部分であるベルトを「モジュール2」、そして表面のトレッドを「モジュール3」と分ける。 モジュール1と2については共用を基本に考えつつブリヂストンとして最高のものとし、そこに商品ごとの特徴を持ったモジュール3を載せるという工程が加わることで、商品ごとに求められる性能が得られつつ、最高の出来であるモジュール1と2の効果により高い性能を持ったままタイヤのゴムを薄くした軽量な作りを実現するというものだ。 こうしたもの作りに欠かせないこととして同時に進める取り組みが「ゴムを極める、接地を極める、モノづくりを極める」という3本の柱からなる製品開発。 これはブリヂストンが培ってきた膨大なデータベースをもとにAIでさらに解析し、タイヤのゴムが分子レベルでそれぞれ何をしているかを知り、それを最適化していくものがまず1つ。 続いては「接地を極める」の項目。ブリヂストンにはこれまでのタイヤ作りについて膨大なデータがあるが、今回の取り組みではクルマの動きについていま一度深掘りするために人の感性を重要視するという視点も設けている。そして、そのアドバイスをもらうため2023年にSUPER GTドライバーを引退した立川祐路氏を開発に招いているという。 そして「モノづくりを極める」について。タイヤに使うゴムはラボでの製品開発において作られるが、ラボでの製造規模は少量であり作るための機材も量産とは異なるもの。 それだけにラボ内で優れたゴムが作れたとしても、量産の工場で同じものが作れるとは限らないし、むしろ作れなくては意味がないので、エンライトンではラボで生まれたナノスケールでの配合設計を量産してユーザーに届けることにこれまで以上にこだわっているという。 「モノづくりを極める」についてはもう1つある。タイヤには天然ゴムのほかに石油由来の合成ゴムも使われており、現在の性能を発揮するには合成ゴムは欠かせないものになっている。そこで合成ゴムを作るのにどれだけサステナブルな材料を混ぜるかという点がポイントなのだが、このことをサプライチェーン上で適切に管理されいることを担保する制度として「ISCC PLUS認証」というものがあり、ブリヂストンではISCC PLUS認証を国内拠点で8か所、海外拠点で11か所にて取得済だ。そして今後はさらに認証を受ける工場を拡大していく構えだ。 さらにサステナブルな観点からバイオマスなど再生資源・再生可能資源比率を2030年までに40%、2050年には100%サステナブルマテリアル化することを目指しているということだった。 ■ 鉱山車両用タイヤ「MASTERCORE」について つぎに解説されたのは鉱山車両用タイヤブランド「MASTERCORE(マスターコア)」についてだ。 ブリヂストンでは主に海外における資源採掘現場で使用される鉱山車両用タイヤ(ORタイヤ)を以前から製造しているが、2020年により強靱で耐久性のあるタイヤとしたORタイヤ「マスターコア」を製造している。 マスターコアに使われる主な技術では、従来はゴムに配合していた接着触媒をスチールコードのまわりにコーティングすることで、スチールコードとゴムの接着力を画期的に向上させる独自のスチールコードコーティング技術「Metal Surface Coating Technology」の採用や、自社生産の防錆スチールコード開発にゴム強度を格段に向上させた新ゴムの配合、そして数百tという荷重が乗ることで起こる発熱を抑えるため、空気の流れを制御してタイヤ踏面を冷やす空冷技術搭載のタイヤパターンなどがある。 鉱山という現場はタイヤにとって特殊な場所であり、そこで使用される車両も独特のものなので、前記したような強靱な耐久性能を持たせつつ、鉱山の現場やオペレーションの計画にあわせてタイヤの性能をカスタマイズしていくことが可能なものとなっているのも大きな特徴だ。 また、使用状況に合わせたタイヤを開発するため、ブリヂストンでは鉱山の現場に日本からも人員を派遣。実際にタイヤが使われている現場を見て、要望を聞き、現場の車両から多くのデータを取得している。その後、現場で得たデータを元に、ユーザーの要求に応える新しい製品の開発を行なうという流れになっている。 ■ 鉱山用車両とは? 鉱山用車両には色々な車種があるが、代表的なものとして掘り出した鉱物を一度に大量に運搬できるダンプトラックがある。例としてはコマツが製造する980Eというモデルがあり、こちらは車両総重量が625tと非常に重く、その状態においてタイヤ1本あたりにかかる最大荷重は約115tという数値。 ちなみに一般のトラックのタイヤ1本あたりの最大荷重は1.5~6tとのことだ。そして使用されるタイヤサイズは59/80R63というもので、本数はフロントが2本、リアが4本となっている。なお、このコマツ 980Eのほかにも鉱山ダンプトラックがあるが、それらが使用するタイヤは63インチのほか、57、51インチがあるそうだ。 こうした超大型ダンプトラックは「1回で運べる量」というのが生産性向上のポイントになる。車両の大型化はそのための手段だが、同時に運ぶスピードをアップして効率を高めることも鉱山を運営する側(多くの場合、国や世界的な企業)から強く求められるのだった。 そのため車両メーカーは速い車両を開発してくるので、それら車両に装着するタイヤも数百tという重さを受けつつ、速度アップ(約30km/hほど)に耐える高速耐久性を持つものを用意する必要があるのだ。 しかし、これはタイヤ作りには厳しい条件。鉱山の現場は路面の状況も荒れているし、岩などあってトレッドのみならずサイドウォールなども傷つけやすい。 また、海外の映像などで鉱山の道路を超大型ダンプトラックが連なって走っているのを見たことがあるかもしれないが、その車列のなかで1台でもタイヤトラブルで止まってしまうと車列全体に影響が出てしまい、生産性は一気に低下するので鉱山車両用タイヤは高寿命で耐久性があることが大事だが、耐久性を追うとタイヤの重量は重くなりがち。すると今度は高速走行にとってネガティブなものになってしまうという難しさがある。 そんなことからブリヂストンは防府工場内に設立した「ORタイヤ試験センター」を活用することで、重すぎることなく、高寿命化も同時に取り入れたタイヤを開発しているのだった。 ちなみに63インチのORタイヤでは1本あたりの価格が数百万円とのことなので、その面からも耐久性の高さは強く求められているのだった。 ■ 防府工場を見学。タイヤは複数の機能パーツが組み合わさった高度な工業製品 ブリヂストンは国内に10か所のタイヤ生産工場を持っていて、防府工場は下関工場、北九州工場の3拠点による山口北九州生産部門に属している。 これら3工場はすべてORタイヤ(建機用、鉱山用、港湾用タイヤ)を作っているところだが、防府工場では加えて乗用車用タイヤも生産。防府工場は3交替勤務制を導入し、工場を24時間稼動させているので、乗用車用タイヤで1日あたりおよそ1万3000本、ORラジアルタイヤは約530本、ORバイアスタイヤは約140本いう生産数を誇っている。 取材会では乗用車用タイヤの部材を作る工程を見学。その後は乗用車用タイヤ、および鉱山車両用タイヤを組み立てていく工程を見ることができた。 タイヤは天然ゴムに合成ゴム、カーボンブラックなどのいくつかの材料を混ぜた素材ゴムをタイヤサイズに合わせて板状に押し出し、正確なサイズで裁断。その後、タイヤを構成する他の部品と組み合わせていくことで「生タイヤ」と呼ぶ成型品に仕上げていく。 なお、生タイヤを組み立てる際は接着剤の類は使用せず、ゴム素材に持たせた粘着性によって部品ごとが結びつくのだが、ゴムの粘着性が強すぎると機械から剥がれにくくなり動作に影響が出る。また、弱ければ組み立てに支障が出る。そのためタイヤに使うゴム素材はタイヤとしての性能を発揮する面のほか、組み立てやすさについても考えた特性になっている。 ただし、素材ゴムは作られてから材料として使える時間に限りがあるので、しっかりした管理も必要とされている。 作られた生タイヤは熱と圧力を加える加硫といわれる工程に送られる。生タイヤを構成するゴム素材はそれぞれでゴムの形状や厚み、種類も違うので加硫する時間の設定は大変難しくシビアなものとなる。 そして加硫が終わると製品としてのタイヤの姿になるのだが、このあとも人の目と手によって1本ずつ品質チェックが行なわれ、合格したものが完成品としてコンペアに載せられるという流れだ。 タイヤについては資料などで内部構造を知ることはあったが、実際に目の前で部品が作られ、組み立てられる光景を見ると1個のゴムの塊ではなくて、複数の機能パーツが組み合わさった高度な工業製品であると感じる。 生産する工場についても触れておく。防府工場ではCO2排出を減らしつつ、光熱費も削減できるクリーンエネルギーのシステムを導入していて、さらにタイヤ工場特有のにおいを減らす努力もしている。具体的には工場から排出される煙に複数の薬品を使用することでにおいを中和しているとのこと。実際に工場敷地内に入っても不快と思うにおいを感じることはなかった。 機械が並ぶ工場内に入ってもにおいはほとんどなく、さらに大型の機械がたくさん稼働し、コンベアには製造中のタイヤが流れているにもかかわらず騒音もそれほどではない。一緒に見学した人との会話で苦労することもなかったくらいだ。それに工場内の明るさについても労働安全衛生法に則った照度を保っているとのことだった。 防府工場は1976年から稼動しているのですでに48年経っているが、生産能力が高いだけでなく作業環境のよさも高いレベルであると感じた。 ■ ブリヂストンのタイヤ工場の中で防府工場にしかない「ORタイヤ試験センター」 今回の防府工場見学では生産工程のほか、ブリヂストンのタイヤ工場の中でここにしかないというORタイヤの開発や試験を行なう「ORタイヤ試験センター」も見学することができた。 この施設は1982年4月に竣工されたもので主要設備を順に挙げていくと、まずはブリヂストンが独自に開発した多目的特性試験機。これは静止状態のタイヤの各種剛性、接地圧、操舵時などの内部・表面の歪みなどを解析するもの。 つぎにドラム試験機。こちらはタイヤの発熱、耐久試験、操縦性能、転がり抵抗、振動解析などを行なう。そして試験を終えたタイヤをさらに細かく分析することを目的に、タイヤを切断してサンプルを取り出すタイヤ切断機となっている。 防府工場に試験センターに置く意味としては、ORタイヤの生産をしている北九州生産部門工場の近くであり、ORタイヤの各種評価を早く、専門的に行なうことができるのに加えて、新しいタイヤの開発スピードを早めることもできるとのこと。 OR試験センターには30名以上の従業員がいて、昼夜2交替で勤務に就いているが、それでも向こう3か月は試験の予定が詰まっているという。
Car Watch,深田昌之