日鉄はUSスチール買収禁止に対して正々堂々、訴訟で勝負すればいい
<日本流の「誠意」は通用しない>
契約の罠ということでは、かつて東芝がアメリカの原子炉メーカーのウェスティングハウスを買収した際に、原子炉販売後に規制が厳格化された際の対応コストを全額負担するという条項にサインしていたという事例も想起されます。この契約条項は、後に福島第一の事故を契機に施行された規制を受ける中で、実際に発動されてしまいました。そして、最終的には東芝本体も事実上の債務超過に追い込みかねないほどのインパクトを持ってしまったのです。 契約書の罠という問題と似た話として、過去の日本企業がアメリカで裁判に巻き込まれて明らかに不自然な結果をのまさされたケースというのも散見されます。例えば、20世紀末には、米フォードが勝手に重心の高いクルマを作り転倒事故を頻発させた際に、訴えられたブリヂストンが敗訴するという事件がありました。性能が高すぎて横滑りしなかったので事故が起きたなどというストーリーを描かれて負けたのですから、どう考えても不合理な判決に屈したとしか言いようがありません。 どちらも、日本独特の「誠実協議条項」、つまり契約に定めのない事項や解釈について疑義が生じた場合は、当事者は「誠意をもって協議し解決する」という甘えた文書表現に慣れた中で起きた「隙(すき)」が背景にあったと推察されます。契約書というのは交渉の結果であり、買収や取引の交渉とは知的な格闘技だというカルチャーにまだ日本経済が慣れていなかった時代の出来事かもしれません。 その意味で、日本企業が米政府を相手取って大型の訴訟を提起するというのは、大事なことだと思います。リーガル・マインドとは、実定法に形式的に従うということではなく、法律というインフラを手段として使いながら、自らの利害を守っていく知的ゲームです。そこでは、ビジネスと法務という決められたフィールドの中で正々堂々と勝負する姿勢が、最後には有利に働くのだと思います。
冷泉彰彦(在米作家)