「軍隊は絶対に必要だ!」「いや、私はさっさと逃げます」…太平洋戦争を経験した元兵士たちが赤裸々に語った「リアルな本音」
「戦友会」と聞いてピンとくる人は、どれだけいるだろう? 慰霊や親睦のために作られた元将兵の集まりだが、その「お世話係」として参加し、戦場体験の聞きとりをつづけてきたビルマ戦研究者がいる。それが遠藤美幸さんだ。 【写真】日本軍兵士が「死んだら靖国神社には行きたくない」と懇願した理由 家族でないから話せること、普段は見せない元兵士たちの顔がそこにある。『悼むひと 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』(生きのびるブックス)から、その一端をご紹介したい。世界中がキナ臭い今、戦争に翻弄された彼らの体験は何を教えてくれるのか。 本記事は、『悼むひと 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』(生きのびるブックス)を抜粋・再編集したものです。
戦争に行きますか?
「戦友の皆さん、もしいま戦争が起きて、こんな老人ですが、戦争に行ってくれと言われたらどうされますか?」 戦後70年(2015年)に、元兵士たちが集う第二師団のある戦友会で、元陸軍中尉の水足さんがいきなり戦友たちに問いかけた(*1)。 総務省の人口推計(2020年)によると、戦後生まれが総人口の84.5パーセント (1億655万2000人)となった。当たり前だが、毎年戦後生まれが漸増している。戦場体験をもつ元兵士は概ね90代後半から100歳を超えた。もうすぐ戦場体験者はこの世から姿を消す。いま、「戦場体験」を自らの言葉で語れる人はどれだけいるだろうか。 2005年から私が「お世話係」をしている第二師団の戦友会である勇会も、2016年から2018年にかけて元兵士たちの訃報が相次いだ。光橋中尉(享年94歳)、金泉軍曹(享年98歳)、角屋上等兵(享年96歳)、磯部憲兵軍曹(享年99歳)、氏木隊長(享年97歳)、この順番で見送った。皆さん、いま生きていたら100歳超えである。戦後70年に、水足中尉が冒頭で投げかけた問いかけに、戦友らが返した言葉は事実上の「遺言」となった。 水足さんは、1922(大正11)年1月1日生まれの満101歳。戦友の面々が誰ひとり超えられなかった100歳の壁を見事に突破! 水足さんは戦友会では事務局長兼無茶振り好きなMC(進行係)役。彼の絶妙な気配りと軽快なトークで会は常に盛り上がった。 勇会の戦友は水足中尉ただ1人。最後の語り部を担うのはやはりこの人しかいない。水足さんにはもうしばらく戦友の元に行くのを遅らせてもらって、いまの日本の浅はかな「戦争屋」を戒めてもらわねばならない。