「9割引」に込めた120年分の感謝 石川・珠洲の衣料店、最後の日
能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲市。その中心市街地、飯田町商店街の一等地にいま、小さな更地がある。ここには、地域の暮らしを支え、親しまれてきた衣料品店があった。半年前の、あの日までは。 【動画】衣料ストアーサカシタ、最後の1日をドキュメンタリーでも。映像企画「Last Day」 「衣料ストアーサカシタ」。およそ120年前、坂下重雄さん(77)の祖母が創業した。55年前、3代目の坂下さんが店を継いだ。 珠洲市内にはデパートはもちろん、衣料チェーンの「ユニクロ」も「しまむら」もない。 婦人服を中心に、紳士服や小学校の制服、帽子や肌着、寝具もそろえた店は、地域の暮らしを支えた。「バスの待ち時間や病院の行き帰りに寄って、世間話していくようなお店」(常連の女性)だった。 坂下さんが20代の頃には、まちを歩く高校生が「この子もあの子も、うちの店のTシャツを着ている」時期があった。犬などのキャラクターがプリントされていて、価格は295円だった。 近年、若い世代を中心に、インターネットで買い物をしたり、車で金沢市まで出かけたりする人も増えたが、遠方まで買い物に行けない高齢の住民らに「サカシタ」は親しまれた。 日常が一変したのは、元日の夕方。坂下さんは1階が店舗の建物の2階でこたつに入り、年賀状の整理をしていた。 午後4時6分、最初の揺れで仏壇の中身が倒れて散らばった。坂下さんは散らかった灰を片付けて、再びこたつに入った。 そして、4時10分。今度は信じられないほどの揺れに声を上げ、天井が落ちてきたことまでは覚えている。そのまま意識を失った。 別棟にいた妻の久美子さん(76)らが駆けつけると、店は3分の1ほどを残してがれきになっていた。 声をかけても応答はない。携帯電話にかけてもつながらない。 津波警報の中、久美子さんはやむなくその場を離れた。「もうだめやと思った」と振り返る。 意識を取り戻した坂下さんから電話があったのは2時間ほど後。とっさにこたつの中に潜り込み、一命を取り留めたらしい。 余震が続く中、翌2日午前9時ごろ、レスキュー隊に助け出された。ふらふらしながらも、自力で立って歩くこともできた。 避難所や市外の娘の家に身を寄せたが、電気と水道が復旧したのを機に、4月、かろうじて残った建物の一部に戻ってきた。 坂下夫妻はもともと「80歳までがんばろう」と話していた。 地震後、2人で何度も話し合い、「新しい店舗を構えて再スタートを切るには、年齢的にも経済的にも厳しい」と閉店を決めた。 そして、「かわいがってくれた地域に恩返しをしよう」と、店から取り出せた商品で、感謝を伝える破格の割引の閉店セールを開くことを決めた。旧知のギフト店の店長が、店の一角を仮店舗にと快く貸してくれた。 地元紙にチラシを折り込み、5月13日から2週間余りの「閉店さよならセール」を始めた。飛んできてくれるお客さんが相次いだ。 「こんな寂しいの、だめやわいね」 「もっと続けてよ」 たくさんの声をかけてもらい、久美子さんに抱きついて涙を流す人もいた。 そして、5月28日。最終日。 セールの間、5割引きから徐々に上げた割引率。店内に貼られた紙には「9割引」の文字。 午前9時半の開店から、多くの常連さんたちが顔をのぞかせた。 「寂しいし、困る」 店舗のすぐ近くに住んでいたという80代の元高校教諭の男性はそうつぶやいた。自宅は地震で倒壊し、仮設住宅で暮らす。地震前は「お店でのコミュニケーション」が支えになっていたという。 午後4時。金沢市からピンク色の花を携えた女性(63)がやってきた。「長いことお疲れ様でした」と声をかけ、坂下夫妻に花とドーナツを贈った。坂下さんは「(80歳まで)もう3年間やりたかったんだけどね、体力も気力もね」と声を震わせた。 夕方には、小学校の制服と数枚の下着を残し、棚のほとんどが空っぽになった。 午後5時、閉店。 夫妻はどちらかから声を掛け合うでもなく、わずかに残った商品を一つ一つ丁寧に箱にしまっていった。 棚が空っぽになると、坂下さんは棚に深く頭を下げ、「ありがとうございました」とつぶやいた。 「ほっとしたのか、まだ続けたいような……。これで、一区切りですね。どっちがお客さんかわからないくらい、『ありがとう』と言ってもらい、もったいない言葉をたくさんいただきました」 そして、きっぱり言った。 「楽しい、店じまいセールでした」
朝日新聞社