「東京ブラックホール」論は本当に正しいのか 出生率をめぐる数字のカラクリ
先般(2024年6月上旬)、厚生労働省は、2023年の人口動態統計(概数)を公表。日本全体の合計特殊出生率が過去最低の1.20に低下し、特に東京都では初めて1を切り、0.99になる可能性が明らかになった。 この話はニュースでも大々的に取り上げられている。テレビ等では、「日本の合計特殊出生率が低いのは、出生率が低い東京に出産可能な女性が集まるためである」という識者のコメントもあった。時には「東京ブラックホール」などという言葉で語られるこうした解釈は、はたして事実なのだろうか。 結論からいうと、これは誤解である。少子化問題の理解には一つの指標で判断するのではなく、複合的な視点が必要になる。以下では学生と教授との問答形式で「東京ブラックホール」論を深く考察してみよう。
平均出生率で見ると東京は最下位ではない
学生 東京都の合計特殊出生率が都道府県ランキングで最下位なのは事実ですか? 教授 その通り。ランキングの中身は正しい。確かに、記事冒頭にあげた2023年の人口動態統計では、47都道府県のうち合計特殊出生率の最高位は沖縄で1.60、最下位は東京で0.99です。2020年の人口動態統計(確報)でも、若干数値は異なりますが、東京は最下位の47位です(図表1)。 ただ別のデータからは、異なる風景が見えてきます。 上智大学経済学部の中里透准教授は、2020年の国勢調査をもとに本質的な指摘をしています。都道府県別の平均出生率(出産可能な15歳-49歳の女性人口1000人当たりの出生数)を計算すると、最高は沖縄の48.9、第2位は宮崎の40.7ですが、東京の平均出生率は31.5で、42位。この指標の「出産可能な女性人口」は未婚の女性も含むものですが、東京は最下位ではないのです。 東京の前後を見ると、40位は岩手(32.4)、41位は青森(32.2)。43位以下には奈良(31.4)、宮城(31.1)、京都(31)、北海道(30.8)が並び、最下位は秋田(29.3)となります(図表2)。 実は、東京の都心3区(千代田区・港区・中央区)に限定すると、平均出生率は41.7で、沖縄に次ぐ2位にランクします。さらに都心3区のうち中央区だけを見ると、平均出生率は45.4にもなります。 学生 確かに驚きですね。なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。 教授 合計特殊出生率の計算方法の特性にカラクリがあります。 合計特殊出生率の定義は「1人の女性が生涯に生む平均的な子どもの数」。ただ具体的には年齢別出生率を合計して計算しています。この計算方法によって奇妙なことが起こるのです。 例えば、「20代と30代の女性しかいない地域」があるとします。そのような地域Aで、たとえば20代の女性100人が赤ちゃん30人、30代の女性100人が60人を出産するとします。 同じく地域Bでは20代の女性20人が赤ちゃん20人、30代の女性80人が20人を出産するとします。 ちなみに合計特殊出生率を厳密に計算する場合、1歳刻みでの年齢別出生率を合計しますが、議論を簡略化するため、10歳刻みの出生率を年齢別出生率とします。 地域Aの20代の年齢別出生率は0.3(=30÷100)、30代の年齢別出生率は0.6(=60÷100)ですので、地域Aの合計特殊出生率は、両者を合計した0.9(=0.3+0.6)となります。 同様に、地域Bの合計特殊出生率は1.25(=20÷20+20÷80)となり、地域Aよりも地域Bの合計特殊出生率のほうが高いという結果になります。 しかし、女性「1人当たり」の平均出生率を計算すると、まったく違う結果となります。地域Aが0.45(=90÷200)、地域Bが0.4(=40÷100)で、地域Aの方が高くなるのです。 学生 扱うデータは同じなのに、合計特殊出生率と平均出生率の計算方法の違いで順位が逆転するのですね。