明日カノはまだ終わっていない……『明日、私は誰かのカノジョ』完結記念! をのひなお先生が語る、4年半に渡る連載の裏側
レンタル彼女、パパ活、整形、ホス狂い、推し活、洗脳、毒親……現代ならではの様々な事情やコンプレックスを抱えた女性たちを描く『明日、私は誰かのカノジョ』。原作のみならず実写ドラマでも好評を博し、社会現象ともなった通称『明日カノ』だが、先月10月13日に惜しまれつつ最終章の完結を迎えた。今回は、4年半に渡る連載を終えたばかりのをのひなお先生にインタビューを敢行。いまの心境や連載を振り返って思うことなど、たっぷり話を伺った。(ちゃんめい) 2000年代初頭のキャバクラを描いたシーン ■『明日カノ』はまだ終わっていない ――『明日カノ』完結、おめでとうございます。をの先生の近況はいかがですか?(取材は10月末頃に実施) をの:連載時とあんまり変わっていないです。今、エピローグの原稿をやっているのですが、これが終わったら単行本作業で表紙と描き下ろし、あと原稿修正も待ち構えていて……なんやかんや終わった感じがしないです(笑)。でも、最終章は無事に完結したので、これまでの章ごとに完結した時の感覚と一緒で、とりあえずこの章が無事終わってよかったなという気持ちです。 ――まだまだ『明日カノ』という作品自体は終わらないと。 をの:そうですね。最終巻の脱稿をしたらようやく終わりを実感するかもしれません。 ――をの先生はサイゲームスの社内にある「ネーム室」で原稿作業をしていたそうですが、作業環境も変わらずでしょうか? をの:やっぱり自宅だと気が散ってしまうので外に出ます。最近だとコワーキングスペースとか、あとたまに鍵付き個室の漫画喫茶で描くときもあります。 ――漫画喫茶!? すぐ隣に『明日カノ』読者さんがいらっしゃるかもしれませんね。 をの:漫画喫茶の新刊コーナーで『明日カノ』を発見したときは、ここで今描いてる! ってなんだか不思議な気持ちになりました(笑)。 ――まだ『明日カノ』は終わっていないというお話があった中で恐縮ですが、ここからは4年半に渡る連載を振り返っていきたいと思います。まず、連載中に一番大変だったことはなんですか? をの:なんかもう全部ずっと大変だった記憶しかなくて、何が大変だったのかと言われると、記憶が曖昧なくらい……なんかありました?(担当編集を見ながら) 担当編集:最後の方はスケジュールに苦戦しましたね。をの先生はいつもきっちり締切りを守られる方なのですが、最終回にかけてはなかなかネームも決まらなくて、締切りがどんどん後ろ倒しになっていく。本当に大変だったなと。 をの:最終章は取材を入れていないので、その分描ける時間があるから早めに終わると思いきや、スケジュールがどんどんずれていきました。でも取材を入れていた他の章も、それはそれでわからないものを一から描くわけだから大変でした。本当に何もわからないから自分で地道に調べるんです。調べものに丸一日かかるなんてこともザラでしたが、その内容が精神衛生上あまりよろしくないものだったりすると「わたし今日一日、何やってたんだろう」って疲弊することもよくありましたね。 ■当時の経済誌を熟読、コミュニティに潜入!? 取材の裏側 ――キャラや設定がリアルすぎる! と絶賛されていた『明日カノ』ですが、をの先生の地道な取材や下調べがあってこそだったんですね。取材はどのようにして行っていたのでしょうか。 をの:私は人見知りなので、誰かに取材を頼むという行為はちょっと気が引けてしまう……。だから、できるだけ取材の回数を少なくしようと思って、ネットや本、X(旧:Twitter)の検索を駆使するなど、自分で調べられるものは自分でやっていましたね。 ――一番苦戦した調べもの、該当する章について詳しく教えてください。 をの:4章のホスト編かなぁ。ホストクラブの“掛け”という言葉はもちろん、仕組みも全く知らなかったですし。でも、一番大変だったのは6章ですかね。私は江美のようにバンギャではなかったし世代も違うから、回想で登場する90年代の神宮橋のシーンとか本当に何もわからなくて。しかも、今の時代のことだったら大体ネットに情報があるけれど、90年代の詳しい情報ってネットにないんですよ。 ――紙が全盛の時代ですもんね。 をの:90年代の情報を得るために、神保町の古本屋へ行って当時の経済誌を買ったりしました。 ――ファッション誌じゃなくて経済誌なんですね。 をの:この時代に何が起きていたのかを作中に一言入れたくて。それこそ、江美の回想シーンでキャバクラで働いていた時の話が登場するのですが、お客さんがイラク戦争やSARSの話をしているんですよ。戦争や疫病の話は、今の時代とちょっと重なるところがりますよね。こういった細かい話を入れるために当時の経済誌や風俗誌などを読みました。あと、もう参考にしようがないのですが一応現場の空気や橋と登場人物との背丈感を確認するために神宮橋にも行きました。 担当編集:幸いにも編集部員の奥様が元バンギャだったいうか、当時の空気感にすごく詳しい方がいたので、原稿を確認してもらったりして、九死に一生を得たと言いますか。でも、なんだかんだ6章が一番取材に行ったよね。スナックや大久保の占いへ行ったり……。4章のホスト編はずっと歌舞伎町だったからある意味楽だった。 をの:確かに。5章もネットの中で起きていることが多かったですしね。あの当時は、ずっと歌い手の方の配信を見ていましたね。投げ銭もしました。 担当編集:一瞬だけファンコミュニティにも潜入してなかった? をの:してましたね。歌い手の方を応援しているファンコミュニティに入ってみたりしましたね。 ■「ゆあの人気が出過ぎちゃって……。」6章のヒロイン・江美が誕生した理由 ――『明日カノ』は、章ごとに様々な事情やコンプレックスを抱えたヒロインが登場しますが、そもそもキャラクターとテーマ、どちらが先に思い浮かぶのでしょうか? をの:どっちだろう? まず最初に雪というキャラクターが生まれて、彼女の友達でリナがいたので、2章はそのままリナを主人公にしました。3章を描く際は、私自身が過去に整形したことがあるので描きやすいから整形をテーマにようって。それで、キャラクターをどうしようかなって思っていたら、2章で雪の同僚として彩が1~2コマ登場してたのであの子を使おうという話になりました。4章のホスト編では、過去に大学の飲み会に出てきた萌を思い出して……。だから、キャラとテーマどちらが先なんだろう? 担当編集:テーマですね。 ――テーマが先にあって、さらに過去に登場したキャラを繋げていくという作り方だったんですね。 をの: 5章では推される側の話を描こうと思いました。そして本当は、5章の後に最終章へと突入する予定だったのですが、ホスト編であまりにもゆあの人気が出過ぎちゃって……。 ――“ゆあてゃ”人気は凄かったですよね。社会現象を巻き起こしたといっても過言ではないです。 をの:社会現象と言って良いのかわかりませんが、ゆあに憧れてホストクラブに行ったとか、風俗をはじめましたという話を目にして、心が苦しくなったというか…。一度、その先を描かなきゃいけないと思いまして、本当は予定していなかった6章を描くことにしました。言い方がすごく難しいのですが、江美のように将来の見通しもなく年齢を重ねたときにどこかで行き詰まるんだと……。だからと言って、そうやって生きたらひどい目にあうという意味で描いたわけでもなくて…。たとえそうなったとしてもみんな生きていくんだよっていうエンディングにしました。 ――6章は本当は描く予定がなかったと聞いて驚きでした。それこそ、最終章のプロローグで雪の母親が江美と友達だったことが判明するじゃないですか。シッチィはあなただったのか! と伏線に震えました。 をの:雪のお母さんの名前は白井愛なので、あだ名が“白井っち”。昔、名前に「っち」をつけるの流行りましたよね。 それで、白井っちから派生して“シッチィ”になりました。実は6章のわりと最初の方で、サチコがシッチィの名を出しているのですが、読者さんは結構細かいところまで見て下さっているので、「雪の母親ってバレちゃうかな?」と心配してたのですが、意外と気付かれなかったです(笑)。 ――そんな裏話が……。最終章の構想はいつ頃からあったのでしょうか。 をの:ホスト編の時ですね。最終章で雪が「人間関係って切れそうで切れないね…良くも...悪くも……」というシーンがあるのですが、これはホスト編でも入れていたので、その当時からこの結末に辿り着くように考えていたと思います。ちょっと記憶が曖昧ですけど。 ■最終章で感じた変化と力が入ったシーンとは? ――最終章に入ってから、それまでと意識が変わった点はありましたか? をの:最終章は取材も入れなかったし、新キャラで太陽を登場させたけどメインは雪なので、とにかく丁寧に描いて、綺麗に終わらせるんだって。なんだろう……この気持ちは。 担当編集:最終章を描いているとき、ずっと「つらい、つらい!」って言っていたよね。 をの:言ってないですよ!(笑) 担当編集:いや、今まで一番言っていたよ。終わりが見えてきたら、逆に描くのがしんどいっていう。 をの:どの章も描いていてつらかったのですが、最終章に関しては、終わりが見えていて自分の頭の中では完結まで大体できているのに、手が追いつかないと言うか……。パパッと終わらせられるものではないから、結局今までの章の中でも一番長くて1年くらい描いていました。だから一番つらかったのかな? ――最終章を描く際、最も力が入ったのはどんなところでしたか? をの:最終章は親との確執を描いていたのですが、コメント欄を見ると実際に同じような問題で悩んでいる方って結構いらっしゃるんですよね。実際に悩みを抱えている方がいる手前、つらい描写を入れすぎるとトラウマを刺激してしまうのかなって。あと、親との確執がある方でよく見受けられるのが「こんなことで苦しんでいる自分はダメだ」って、自分を責めてしまうパターン。だから、この最終章を読んでつらい思いが蘇ったり、自分が悪いって思って欲しくなかった。他にも、雪をあまりつらい状況にしすぎると「こんなにつらい思いしている人がいるんだから、自分はもっと頑張らなきゃ」ってプレッシャーに感じることもあるかもしれない。だから、ただ単につらいだけにしない、というところですかね。 ――今まで以上に時間を費やし、そして全方向への配慮がなされた最終章だったんですね。最終話を描き終えた時の心境はいかがでしたか? をの:最終話だけで20ページくらいあって、いつもより大ボリュームだったんですよ。しかも、トークショーもあったからスケジュールがずれ込んで……。結局、最終話の校了は公開された週の頭だったのでとにかくギリギリでした。誤字脱字のミスないかな? ってずっと心配してました。 担当編集:その後にエピローグを描くことは前から決まっていたので、最終話を描き終えても「いや、まだ終わりじゃないぞ!」って。 をの:そのやり取り、5回くらいしました(笑)。私が「終わった!これで解放される!」って言ってたら、まだ終わりじゃないってめちゃくちゃ言われましたね。 ■コスプレイヤー、創作活動の闇……今だから言える没になったテーマ ――ここからは連載時の裏話をお伺いできればと思うのですが、話が進んでいくにつれて当初の想定から大きく変わっていた設定やキャラクターはいますか? をの:描いていくうちにキャラクターへの解像度が上がっていくんですよね。だから、だんだん私も担当編集も「このキャラこんなことしなくない?」って議論になるんです。例えば、このキャラだったらAの方向でいく予定だったけど、絶対にBを選択するよね……みたいな。 ――解像度が上がらないと言いますか、一番読めなかったキャラクターは誰ですか? をの:雪はとにかく扱いづらかったですね。感情表現が乏しいから、どうしても読者さんが飽きる展開になってしまいがちというか。本当はここで雪に笑ってほしいんだけど、絶対笑わないよな、どうしようって。雪にはそういった動かしづらさがありました。 ――レンタル彼女、パパ活、整形、ホス狂い、推し活、洗脳、毒親……現代ならではの様々な事情やコンプレックスを描いてきましたが、取り扱うのを断念したテーマはありますか? をの:いっぱいあります。SNSに生きる意味を見いだしてしまうとか、買い物依存症の女の子の話とか。あと、これは私が冗談で言ったんですけど「創作活動の闇を描くんだ!」って担当編集に話したら「それは明日カノじゃない」って却下されました(笑)。 ――そのコミュニティならではのルールというか裏側は、それぞれの界隈ごとに濃いエピソードがありそうですね。 をの:他にもコスプレイヤーさんとか。イベントまで見にいったのに結局没になりました。やっぱり元々が雪の話でスタートしているので、早くしないと雪が大学を卒業しちゃうんですよね。本当は描きたかったけど、時間軸の手前できなかったことは色々あります。 ■担当編集が選ぶ『明日カノ』ベストエピソード ――今後、描いてみたいテーマや目標がありましたら教えてください。 をの:『明日カノ』が完全に終わったら、今後も何かしら別の作品を描くと思うんですけど……。 担当編集:実は、これまでも新連載の話をしたことがあるのですが、その度に手が止まってしまうので。いや、もう新連載は置いておいてとりあえず『明日カノ』をもう全部やり終えよう! って話になるんです。 をの:そうですよね。色々と頭に浮かんでは消え……。 ――ちなみに、担当編集が選ぶ『明日カノ』ベストエピソードを一つ挙げるとしたらいかがですか? 担当編集:やっぱり自分と年齢が近いということもあって江美の話が一番好きです。性別は違いますが、江美のエピソードからは中年の危機というか、焦燥感を感じるんです。編集部内でも同世代の男性たちから評判がすごく良かったです。あとは、個人的に感慨深かった話としては、彩編の時に取材した湘南の海。最終章でも登場するので、再び取材に行ったのですが、その際に思えば長いことやってきたな……って思いました。 ■聖地も登場!? エピローグの見どころ ――最後に、本日後編が公開されたエピローグについてお伺いできればと思います。エピローグ前編は沖縄の海から始まりますね。先ほど、担当編集さんから湘南の海の話がありましたが、“海”は本作にとって欠かせない聖地のように感じます。 をの:私自身、海が好きなんですよ。毎年どこかしらの海に行っているくらい。なんだか少しだけ雪と被る話なんですが、子供の頃に海に連れて行ってもらった記憶がないんです。正確には連れて行ってもらったことはあるけど、あまり記憶にない。それで、大人になってから自分で海に行った時に、あぁ、海が好きなんだなって気付いたんです。 ――エピローグは『明日カノ』という物語の中でどんな立ち位置なのでしょうか。見どころや注目してほしいところを教えてください。 をの:エピローグは本編の総まとめのような感じで、今まで登場してきたキャラクターたちが2024年に何をしているのか? を描いています。基本的に『明日カノ』という物語は、オチがついて終わるのではなく、みんなその後も生きていくっていう話なんです。だから、エピローグでもその後どうなったかではなく、みんなの日常の一部を描いています。 担当編集:本編では過去か現在の話しか描いてこなかったのですが、エピローグでは初めて未来の話を描いています。言ってしまえば、これまでは後ろを向いた内容だったのが、未来の話だから少し前向きになっているなと。あと、最終話のラストページからエピローグ前編への“繋ぎ”がすごく気持ち良いので注目してほしいです。
ちゃんめい