不倫に略奪…奈良時代のFRIDAY!?20万部ロングヒット ギャル語「令和版・万葉集」の全貌
《どうでもよくなってきたわ フォロバもしてくれへん人を なんでフォローし続けてるんやろ》 「出版社からの問い合わせはほぼ毎日です」映画・漫画の原作…「小説投稿サイト」発の作品が人気のワケ 先に断っておくが、これは筆者があふれる思いを抑えきれず、SNSに誤爆してしまったつぶやきではない。言わずと知れた奈良時代の和歌集『万葉集』の歌を令和風に訳した言葉だ。 ちなみに原文は 《よしゑやし 来まさぬ君を 何せむに いとはずれ我れは 恋ひつつ居らむ》(万葉集 巻十一 2378番歌) となる。 自身に興味を示さない思い人に対し「もう、あなたのことなんてどうでもいい」とつづった歌だ。 このように、奈良時代の歌集を令和風に訳された文章が並んでいるのが、書籍『令和言葉・奈良弁で訳した万葉集』(以下、令和万葉集)。発売から1年以上たった今もなお、20万部以上のロングセラーを達成し、売上は2億円にものぼる。出版業界が不況というなかで極めて異例の事態。しかも、これをたった一人で成し遂げているのが、万葉社代表の佐々木良さんだ(以下「」内はすべて佐々木さんの発言)。 ここまでのロングヒットとなった理由と、いわゆる“面白翻訳本”の枠に留まらない、細部に至るまでのこだわりをひも解いていこう。 ◆10万の給付金で生まれた万葉社 書籍を刊行したのは株式会社万葉社・代表の佐々木良さん。コロナ禍で給付された特別支援金の10万円を元手に、2020年8月に設立した会社だ。この時代に20万部という数字も相当だが、原稿編集・装丁・納品・販売という工程を、たった一人で行っている。出版取次会社も挟まず、本屋への納品もすべて佐々木さんだ。 「はじめは結婚式の引き出物として500部作って配っていたんです。やがてSNSでも話題になり、5000部から5万部へと注文が増えていきました。5分に1回のペースで注文の電話が鳴り響く時期が、2か月くらい続いたんです」(佐々木さん) 社名は令和にちなんだ名称にしたいと思い、元号の由来である万葉集・梅花の歌三十二首にちなみ、社名を「万葉社」とした。 ◆秀逸な翻訳でよみがえる1300年前のデジタルタトゥー 奈良時代にかけて編纂(へんさん)された和歌集『万葉集』には、当時の恋愛に関する歌が多く読まれている。皇族が役人と結婚する歌や、不倫の歌など、現代の芸能ニュースと通ずるような恋愛事情も垣間見られる。そんな当時の赤裸々な恋模様を、世間にわかりやすく公開したという意味では、この書籍は“1300年前のFRIDAY”といったものか。 奈良時代の万葉集が、『令和万葉集』ではどのように訳されるのか。例文を見ていこう。 《この川に朝菜洗う子 汝も吾も よちをぞ持てる いで子賜りに》(万葉集、巻十四、3440番歌) これは子持ちの男が、夫を亡くした女に求婚した歌として知られているが、朝菜(白菜)は、いわゆる女性器を意味し、「俺もあなたもいいモノを持ってるから、子供を作らないか?」という、ナンパの一種だという説がある。 それを踏まえ、『令和万葉集』ではこう訳される。 《へい! そこのハニー 俺のバナナと君のミルクで バナナシェイクをつくらないかい?》 「セックスをしよう」と訳してしまうと、直接的すぎてしまう。そこで、文中で女性器を白菜と例えているのを受け、男性器をバナナと表現。白菜×バナナでは組み合わせが悪いため、白菜は「君のミルク」と意訳される。そして俺のバナナと君のミルクが合わさることで、子供=バナナシェイクを作ろうという口説き文句に代わり、冒頭の「ヘイ、そこのハニー」が成立する。あえて“男性器”“セックス”という表現を使わないことで、奈良時代特有の“奥ゆかしさ”も同時に体現しているといえよう。 「初めて書き文字として日本語が使われ、当時の恋愛模様が文字になったのが万葉集でした。1300年たった今でも誰しもが平仮名を使い、メールやSNSで恋に悩み、想いをつづる。日本語文化の礎となった万葉集に自分はリスペクトを感じているし、だからこそ安直な翻訳にはしたくなかったんです」 意訳するうえで、和歌への理解はもちろん、現代言葉も勉強したという佐々木さん。通常、昔の文献を翻訳する際は「原文から日本語訳、それから今の言葉に変換」という順序をたどる。しかしこの本では読み手がより楽しめるよう、今の言葉を和歌に当てはめる逆引きの方法をとっている。 数々のギャル雑誌を読み漁り、SNSで流行(はや)っている言葉もネタ帳に書き留め、令和言葉と万葉集を照らし合わせて意訳していく。ネタ帳には、スパダリ・草が生える・あげみさわといった主に若者に使われる言葉から、草が枯れる=ビッグ〇ーターなど現代風刺的な言葉も。 現代言葉の意味を優先させすぎれば和歌の意味が破綻し、和歌に忠実過ぎれば面白みはない。推敲(すいこう)が1文あたり何十回も行われたのも、万葉集へのリスペクトがあってのことだ。 ◆令和の時代にマッチした、押しつけ感のない書籍 書籍へのこだわりは文体にも表れている。『令和万葉集』に登場する文章には句読点が一切使われていないが、これは自身が愛読する週刊少年ジャンプ(集英社)からヒントを得たという。下ネタの基準も少年マンガの域を超えないよう、調整されている。 また漢字や平仮名のフォントから、行間や改行等の細部にもこだわった。もともと美大出身で図録も作っていたというが、製本時はその時の経験が生きたと語る。 発売から1年がたった今も、メディアや書店からの問い合わせが絶えないという佐々木さん。今日に至るまでのヒットを、自身で振り返る。 「厚かましくないところがウケたのかもしれません。普通の本は、1章・2章とカテゴライズされた、いわゆる普通の本づくりがされます。出版社が絡めば“〇〇が推薦!”“これを読めばわかる!”などの帯も付けられますが、この本には一切ありません。内容も“会いたくても会えないもどかしさを歌った万葉集”というコンセプトが、“令和”“コロナ禍”という時期とうまく合致したのかもしれません」 現在書籍は1巻と2巻が発売中だが、今後は50巻まで目指したいと語る。「コロナ禍で国から頂戴した給付金10万円で起業しましたが、これを1億円の納税として国にお返しすることを目標にしています」と、最後に自身の夢を語ってくれた。 取材・文:FM中西
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