<センバツ21世紀枠>候補校紹介/7 矢上(中国・島根) スマイル、過疎の町に元気
苦しいはずのサーキットトレーニングの最中でも、選手たちの表情は明るい。試合中、劣勢でも絶やさない「矢上スマイル」はチームのトレードマークだ。プロ野球・広島の元捕手で2017年に就任した山本翔監督(37)の下、19年秋の島根大会を制するなど急速に力をつけている。 背景には、地域の強い後押しがある。広島との県境の山間地にある邑南(おおなん)町は人口約1万人と、過疎に悩んで久しい。活性化策を探る中で浮かんだのが、町内唯一の高校である矢上の野球部だった。 町が指導者を職員として採用し、監督に就いてもらおうと計画。プロ時代に町内で2軍戦を行っていたなどの縁で、15年に広島で保険会社に勤める傍ら大学などで指導実績のあった山本監督に声を掛けた。いったんは断られたが、町長が直接会うなどして要請を続けた。山本監督は妻子とともに、購入したマンションもある広島を離れることを決断。町ではスポーツ施設の管理運営を担当している。 指導は選手の自主性を重んじ、対話を重ねる。プロ9年間で1軍の試合に出場できなかった経験から、同じ練習で誰もが伸びるとは限らず、説明の伝わり具合も選手によって違うと知るからだ。「監督に聞きたいことはすぐに聞ける。自分で課題を見つけて取り組めている」と主将の秋田成輝(2年)。主体的に動ける選手たちは逆境に強く、20年秋の島根大会は準々決勝まで3試合連続サヨナラで制し、2年連続で中国大会に出場した。 地域住民から「頑張って」と声が掛かるのは日常で、日々の練習中、補食で口にする白米などは差し入れだ。選手たちは地域の清掃や雪かきをボランティアで行うが、野球の結果で恩返ししたい思いも強い。山本監督は「(期待に)応えたいじゃ弱い。応えなきゃいけない」と力を込める。 19年秋の島根大会決勝後にバスで学校に戻ると、夕闇が迫る中、町民や在校生約400人が出迎えてくれた。秋田は「皆さんのうれしそうな顔が自分の中に残っている。それ以上のものを見たい」。初めての甲子園切符をつかめれば、その思いがかなう。【野村和史】=つづく