パタゴニアは地球を救うためにビジネスを営む
■パタゴニアのミッション The Responsible Company(邦訳『レスポンシブル・カンパニー』2012年)を出してから現時点で12年がたち、世界もパタゴニアも大きく変化した。気候変動による危機も、「すぐ近くに迫っている」から「待ったなし」へと変化し、嵐の激化や気温の上昇、海面の上昇といった影響がはっきりと感じられる。地球を包む大気は命を育むものであるはずなのに、命を危うくするものになってしまったのだ。 この危機がどれほど重大であるのか、日々暮らしているだけではなかなか見えないし感じられないだろう。だが昆虫や野草も生息域がしだいに北へと広がり、ありがたくない外来種となってしまったり、作物の植え付けや収穫のタイミングを左右する四季のリズムが狂ったりと、自然は急速に乱れつつある。また、気候変動と人口増加により、自然な速度の1000倍に達する勢いで生物種が絶滅するなど、「命の網」である生物多様性にもほころびが広がっている。 もちろん、対策も進んでいる。この10年で世界の国の9割以上が賛成し、歴史的な世界協定がいくつも成立した。温室効果ガスの排出量を削減するパリ協定と、南北いずれであれ、裕福であれ貧乏であれ、あらゆる人にとって健全な経済目標を定める国連の持続可能な開発目標(SDGs)、いわゆる「17の目標」、そして、2030年までに陸と海の30%を保全する「30×30」(30by30)なる世界的目標の三つである。 激化する危機に対し、パタゴニアはできるかぎりのことをしてきた。まず、パタゴニアの事業が環境にもたらす影響の90%はサプライチェーンで発生していること、その大半が材料の調達に関するものであることから、サプライヤーと協力し、ポリエステルやナイロンのリサイクル繊維含有率を高める取り組みを進めてきた。そしてリサイクル繊維100%を達成し、特性や耐久性を犠牲にすることなく、新しい石油を使わずに製造できるようになった。 フェアトレード認証を取得した労働条件で衣料品を製造する試みも、2014年にヨガウェア9種類を製造する工場で始め、2024年には製造工程の88%にまで広げることができた。 有機食品のパタゴニア プロビジョンズでは、この10年、新製品は食品供給や農業の問題を解決するものでなければならないという信念をもって事業を展開してきた。この信念はパタゴニア プロビジョンズのビジネスモデルとなり、パタゴニアにとっても、新たなる道しるべとなった。 ■地球から奪うよりたくさんを地球に返す パタゴニアは、27年にわたり、「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」を社是にしてきたわけだが、このたび、食品事業の学びから、このミッションステートメントを大幅に書き換えることになった。 「環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える」は、環境負荷を減らそうといくら努力しても、アパレルという事業においては、地球に返すよりたくさんを地球から奪うことになるという我々の自覚を表す言葉である。だがパタゴニア プロビジョンズなら、自然な速度よりも速く表土を生成することができる、つまり、地球から奪うよりたくさんを地球に返すことができる。 言い換えれば、天然資源を再生したり自然の活力を復活させたりできる、持続可能な形で事業を展開できるということであり、さらに、深刻な環境危機や社会危機が進行しているとの認識から、我々は、2018年、ミッションステートメントを「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」へと改訂した。 こうして目的が明確になったならば、新たな目的に沿うように会社の体制を変えるべきだろう。というわけで、2022年、シュイナード家はパタゴニア株式の全量を非営利の持株会社へと寄付し、株主配当を持株会社から環境関連の構想に分配する形とした。
ヴィンセント・スタンリー