松村北斗&上白石萌音の“カテゴライズできない関係性”に共感。映画ファンは三宅唱監督作『夜明けのすべて』をどう観た?
「そして、バトンは渡された」で知られる瀬尾まいこの同名小説を、松村北斗と上白石萌音のダブル主演で映画化した『夜明けのすべて』。2月9日(金)の公開に先立ち、公開に先立ち、MOVIE WALKER PRESSでは監督と共同脚本を務める三宅唱によるティーチイン付き試写会を実施。映画、原作の両ファンからの応募が殺到し、本作への期待度がうかがえる。 【写真を見る】上白石萌音が松村北斗の髪を実際にカット!多くの観客が“ヒヤッとした”ワンシーンは? ひと足先に鑑賞した方たちからは、「夜明けを待つすべての人の背中に優しく手を添えてくれるようなほんのり温かい映画でした」(20代・女性)、「夜明けに希望が持てるような温かい気持ちになりました」(30代・女性)など、ポジティブな言葉が数多く寄せられている。ここではその魅力を鑑賞者の声と共にチェックしていきたい。 ※本記事は、ストーリーの展開に触れる記述を含みます。 ■悩みを抱える若者の日常を映しだすリアルな物語 町の小さな会社、栗田科学で働く藤沢さん(上白石)は、月に一度のPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられず、同僚の山添くん(松村)のちょっとした挙動に怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりにもかかわらずいつも無気力に見える山添くんだが、彼もまたパニック障害を抱えており、人生に対するモチベーションを失っていた。しかし、ふとしたことから互いの抱える悩みを知った2人は、「自分のことはどうすることができなくとも、相手なら助けることができるのではないか」と互いに“お節介”を焼き、いつしか友人とも恋人とも違う同志のような特別な関係を築いていく。 病気によって職を変えざるを得なかったり、電車に乗れなかったり…人生に対して生きづらさを抱える若者たちの姿を、見守るような視点から描く本作。なにか劇的なことが起こるわけではないが、暮らしのなかでの些細な変化など、感情を丁寧に活写することで浮かび上がる等身大な人物像が共感を誘う。 パニック障害によって心を閉ざし、はじめは周囲と距離を置こうとする山添くん。「心の壁がほどける瞬間の表情、演技がとても印象的でした」(20代・女性)といった言葉が示すように、藤沢さんとの交流を機に表情も態度も柔らかくなっていく。 そんな変化について特に多くのコメントが寄せられたのが、会社を早退した藤沢さんの家を自転車で訪れる一幕だ。藤沢さんがお節介で譲ってくれた自転車を初めは鬱陶しがっていたが、自然と跨るようになっていく山添くん。自転車を通じて意識の変化が表現されている。 「助け合える存在になっていくことを象徴するシーンだった」(20代・男性) 「自転車に乗りながら微笑んでいるシーン。山添くんの心が柔らかくなっているのを感じた」(30代・女性) 「山添くんが少し前進したシーンとして印象的だった」(20代・男性) また、「『人は見かけによらない。第一印象はあてにならない』。私自身もそう思っているのでとても強く共感しました」(20代・女性)と、前進したからこそ気づくことができた山添くんの言葉には、共感を覚えたという声も見受けられた。 一方の藤沢さんも、PMSにより自分の心がコントロールできなくなる深刻な苦しみを抱えている。PMSにかかわらず、生きることに難しさを抱く人々の気持ちを代弁するような言葉の数々は真に迫っており、観客の心に刺さったようだ。 「『私はいったい周りにどのような人物だと思われたいのか』。最初のセリフはやはり印象に残っています。誰しもが“生きる”ことの難しさを考えたことがあると思います」(20代・女性) 「『自分の体なのに自分がわからない』というセリフ。普段の藤沢さんの様子とも相まって、感情が思うように制御できない苦しさを端的に表していた」(20代・女性) また、PMSで職場の人にイライラをぶつけてしまったあと、美味しいお菓子を見つければ、お詫びの気持ちを込めて職場の人の分も買ってくる気配り屋さんな一面についても、「なにか自分に非があると感じた時、お土産を買うシーン。いつもは穏やかな藤沢さんとPMSの症状との対比がよかったです。すべてを伝えられないからこそ、形にして申し訳なさを伝えているのかなと思います」(20代・女性)、「私もPMSなので怒ったあとに反省したい、自分が嫌になる気持ちにも共感しました」(20代・女性)など、藤沢さんの人物像に深みとリアリティを与えているようだ。 ■不思議な距離感と空気感に包まれた絶妙な関係性 「少人数でも理解しようとしてくれる人が近くにいるだけで希望になると思うため、すばらしい関係性だと感じました」(30代・男性) 「“2人組”は異性、同性に限らず、なにかしらの名称を付けられてしまうが、山添くんと藤沢さんはただ“山添と藤沢”なんだなと思った」(20代・女性) 「お互いにとってポジティブな存在。心の片隅に居て、ふっと思い出してほっとするような」(10代・男性) これらの言葉からもわかるように、友人、恋人などとカテゴライズせず、“人と人”として描かれた関係性が魅力的な本作。数々のシーンに、助け合う山添くんと藤沢さんの絶妙な距離感が表れている。 例えば、山添くん宅での散髪シーン。藤沢さんが髪を切り過ぎてしまうが、意外にも山添くんは爆笑し、これを機に2人はグッと打ち解けていく。この重要な一幕も笑いと共に描かれており、その爽やかさが気持ちいい。「山添くんのパニック障害の発作が出てしまうかも、という緊張感が一気に逆転する様がかわいかった」(20代・女性)と、ほっこりさせられたとのコメントが並んでいた。 さらに、会社での大掃除中にPMSの症状が出そうになる藤沢さんを山添くんが外に連れだす一幕には、「『1人で怒っててください』と山添くんが語るシーンは、ユーモアもあり、山添くんから藤沢さんへの思いやりを感じて、すてきな人だなと感じました」(20代・女性)、「配慮の仕方にほっこりしました」(40代・男性)など、山添くんらしくぶっきらぼうな言葉で救おうとする姿に、気の置けない関係性が垣間見える。 そんな2人は会社で行うプラネタリウムの解説原稿を担当することに。そして当日、藤沢さんの口から一緒に熟考した言葉の数々が語られていく。 「『元来人間は夜明けに希望を見いだす生物らしい』というフレーズに希望を感じました」(30代・女性) 「夜明けについての言葉。確かに夜明けってなにか希望を感じるし、でも意識してこなかった。同じ朝はない。なんか生きてるって感じました。夜を迎えるのが、朝を迎えるのが楽しみになった。きっと生きる希望になりそうです」(20代・女性) 生きづらさを抱えながらも前向きになった2人の姿勢が表れた言葉は、多くの観客の心に響いたようだ。 「どんどん近づいていく2人の関係に恋仲になるのかな?と思いきや、恋人を超えた、いつでも見上げたら見える“星”のような関係だなと思いました」(30代・女性) 「孤独な星について語る場面があったが、まさにそのような2人だと思った」(20代・男性) 山添くんと藤沢さんの関係を星に例える言葉も並んでおり、映画オリジナルで付け加えられた宇宙の要素は、映画で初めて作品に触れた人はもちろん、原作のファンにも好評を博している。 ■このようになりたい…人間味と温かさのあるキャラクターたち この2人が働く、栗田科学の人々をはじめ、山添くんの元上司、恋人(芋生悠)、友人といった彼らを支える周囲のキャラクターそれぞれの優しさも心に染みる本作。なかでも多くのコメントが寄せられたのが、彼らをそっと見守る栗田科学社長(光石研)と、退職後も気にかけてくれる山添くんの前職の上司、辻本憲彦(渋川清彦)だ。 実は共に悲しい過去を背負っており、そのことをきっかけに知り合った知人でもある栗田と辻本。相手の気持ちを第一に考えられる人物で、山添くんと藤沢さんにも理解を持って接する。そんな温かみにあふれた2人の人柄に心動かされたという感想がずらり。 「こんなにも心優しい人に、私も関わり合って生きていけたらどんなに心穏やかな日常を送れるのだろうと思って、すごくうらやましかったです」(50代・男性) 「社長の理解する優しさがとても印象に残った。社長も上司もなにか抱えているものがあり、そのなかで、2人を支えていく姿がとてもよかった」(30代・女性) 「社長の目線がとても印象深かったです。山添くんと藤沢さんが歩み寄っていく姿を後ろから見守る姿に心を打たれました」(20代・男性) また、症状が出た時に戸惑うでもなく、過剰に優しくするでもなく、自然に話を聞いてくれるベテラン女性社員ら、栗田科学の同僚たちについても、「落ち着いた対応やプラスのひと言の気遣いがすてきで、こんな人になりたいと思った」(30代・女性)、「パニック障害やPMSの症状が出る時も、理解ある対応をする彼らがすてき。優しい職場すぎて、うらやましい」(30代・女性)…と理想的な職場をうらやむ声が見受けられた。 ■孤独に光を当てる、三宅唱監督作品としての魅力 「原作と同じく、日陰にゆっくりと陽が当たっていくような雰囲気が映像化されていて、決して幸せいっぱいではなくても、幸せな気持ちが残る映画でした。毎日のなかで忘れている優しさを取り戻せるような気がしました」(20代・女性)と、原作ファンも太鼓判を押す映画『夜明けのすべて』。 原作の持つ魅力、キャスト陣の見事な演技はもちろんのこと、オリジナルの要素を加えながら丁寧に映像化した三宅唱監督による手腕が大きいだろう。三宅監督はこれまで、聴覚に障がいを抱える女性ボクサーを題材とした『ケイコ 目を澄ませて』(22)や、3人の男女のモラトリアムな青春がテーマの『きみの鳥はうたえる』(17)をはじめ、どこか疎外感を覚える人々の日常を描いてきた。 本作もまた、「様々な悩みを抱えながら生きている人たちだけではなく、人と人のつながりもうまく描かれているところが魅力に感じました」(30代・男性)、「生きづらさ、困難を抱えていても、地に足をつけて生きている感じがある」(20代・女性)とあるように、孤独や困難と折り合いをつけ、それでもどうにか進んでいく誠実な想いが込められている。 そんな作品の屋台骨を支えるのがナチュラルな映像。「下町を舞台に、都市の音と人の生活にまつわる音をとても丁寧にすくい上げる」(10代・男性)、「日常の切り取り方が美しい。当たり前の映像から、日常に当たり前の美しさがあることに気づかされた」(30代・女性)など、山添くんと藤沢さんのそれぞれの日々を切り取ったような誇張のない映像だからこそ、改めて日常の美しさを再確認したという声も散見された。 「作品を作品だと感じさせないナチュラルさがあると思います。自分の生きている世界の隣駅で起きていそうなリアルさが魅力的です」(20代・女性) 「フィクションなのに、ドキュメンタリーのような映画だと思いました」(40代・男性) 感動を押し付けようとすることなく、リアルな距離感を保って、人生を希望的に描く『夜明けのすべて』。「想像力を働かせて人と人との関わりを見直していきたい」(20代・男性)といった言葉からもわかるように、鑑賞後は人との接し方について自然と考えたくなるような、心を優しく揺さぶってくれる一作だ。 構成・文/サンクレイオ翼