キャストが確かに端島で生きているのを感じた…『海に眠るダイヤモンド』もっとも忘れられない神シーンは? 考察レビュー
対照的に描かれた現代の東京と70年前の端島
そんな端島と対照的に描かれていたのが、ホストとして将来のあてもなく暮らしている玲央(神木隆之介)に結婚をせまる謎の老婦人・いづみ(宮本信子)が邂逅する現代の東京だ。 対比されるのは、真水が持つ価値やエネルギーとして必要とされる化石燃料の違いなど、時代によって変化する環境的な要因だけではない。双方の世界で映しだされる人々の顔を見ると、決して順風満帆な日々とは言えないものの、明らかに不自由で不便なはずの端島に生きる人々のほうが豊かな表情をしていた。 ホスト業界の利益構造が生みだす過負荷を押しつけられる玲央や、社長の座を巡って争う池ヶ谷家の人々のように、過去と未来に責任を負わせようとする現代パートではとうに薄れてしまった、「今」この瞬間に集中して楽しみを見つけながら、一日一日を生きている人々の姿が端島にはあった。 それでも物語は中盤から様相をガラッと変える。まるで過去と現代が天秤にかけられているかのように、玲央が今まで頭の上がらなかった先輩ホストに抗う姿を見せたかと思えば、端島では深夜に起きた坑内火災が引き金となり、炭鉱は閉鎖の危機へと陥っていく。 過去と現代の明暗は入れ替わるようにして、戦後まもない端島が辿った歴史と姿を消してしまった鉄平の行方を紐解きながら、やがて物語は望まぬとも時計の針を進めてしまう。
過去が現代を変えて、現代が過去を救う
過去は決して変わることはない。端島が歩んだ栄枯盛衰の道のりも、鉄平と朝子が結ばれることなく人生が分かたれてしまったことも揺るがない事実だ。 それでも鉄平が端島の再興への想いを込めて、朝子と暮らす幸せな未来を夢見ながら綴った日記は、現代に生きる玲央の運命を変えた。 そして、過去に背中を押された玲央が、端島を旅立って以来、故郷に帰ることのできなかったいづみを「戻れないあの島」へと連れていく。愛しい人への思い出とともに、端島の海の底に沈めたいづみの過去を救いだしたのは、間違いなく玲央だった。 物語の冒頭で目の前の現実を直視できずに、ただ流されるままに生きていた玲央が、70年の時を越えて過去と現代をつないだ。それは本作品が魅せてくれた、ダイヤモンドのように輝く希望のひとつだった。 最終話のラストで描かれた島民の笑顔が咲き誇る端島の日常は、あの場所にいた人々だけでなく、ドラマを観ていた視聴者でさえずっと望んでいたアナザーストーリー。 それでも「あったはずの未来」を、いや「あってほしいと願う未来」を描くことができるのはフィクションの特権であり、あの場所で鉄平から「俺と…結婚してください」の言葉を受けとるふたりの朝子が映る場面は、多くの人が待ち望んでいた瞬間でもあった。 だから、あの世界線が実際に端島で紡がれた物語だと、夢見がちでも今は信じていたい。 【著者プロフィール:ばやし】 ライター。1996年大阪府生まれ。関西学院大学社会学部を卒業後、食品メーカーに就職したことをきっかけに東京に上京。現在はライターとして、インタビュー記事やイベントレポートを執筆するなか、小説や音楽、映画などのエンタメコンテンツについて、主にカルチャーメディアを中心にコラム記事を寄稿。また、自身のnoteでは、好きなエンタメの感想やセルフライブレポートを公開している。
ばやし