遺伝情報による差別は人ごとではない ゲノム医療法成立で対策にようやく「1歩」踏み出した日本
女性や家族が調べてみると、保険会社から主治医に「今回のがんはHBOCと関連があるのか」と質問する書面が届き、主治医が「HBOCの一つとして発症したと考えられる」と回答していた。本来答える必要はない。そして主治医は遺伝の専門医ではなかった。 支給の可否を決定する前、保険会社の調査員が女性の自宅を訪れ、HBOCのリスクがあると判明した経緯などを聞き取っていた。病院や保険会社とやりとりした家族の一人は「遺伝子の変異と今回のがんの発症に直接関係があるかどうかは判別しようがない。質問自体が不適切だ」と憤る。 女性側は、遺伝専門医に相談の上で、遺伝情報を基にした不適切な対応だと保険会社に抗議した。すると保険会社の幹部が女性に「手違いだった。申し訳ない」と直接謝罪に訪れ、保険金は支給された。 遺伝性の病気の患者や家族の相談に対応しているゲノム医療当事者団体連合会の太宰牧子代表理事は話す。「遺伝情報は伝えなくていい。理由があって医療者がどこかに共有するとしても本人の許可が必要。その点を保険会社だけでなく医療側も認識してほしい」
▽「遺伝情報を使っていない」と表明したが、実際には… 日本医学会と日本医師会は22年4月、遺伝情報による社会的な不利益や差別を防ぐ法律が必要であると訴える声明を発表。保険会社などにも自主的な対策を求めた。それに応える形で22年5月、生命保険協会と日本損害保険協会は「会員各社は保険の引き受け・支払い実務の際に(遺伝情報の)収集や利用を行っていない」とする文書を公表した。 しかし、その後も保険金の支払いを巡って、会社が遺伝情報を聞き取ろうとする事案が起きている。 千葉県の30代男性のケース。男性は19年に遺伝性大腸がんの一つである「リンチ症候群」に関連する遺伝子の変異があると分かっていた。定期的にがんの検査を受け、22年に早期の大腸がんが見つかり、治療した。 男性は遺伝的なリスクが分かる前から保険に加入しており、保険金を請求した。だが、診断書に書かれたリンチ症候群の文字に保険会社が反応した。会社の依頼を受けた大手調査会社から、診断の経緯など詳細を問い合わせる書面が病院に届いた。