「オッペンハイマー」映画のスペクタクル 濃密な歴史描写の原作全3巻 違いを読み解いた
「American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer」。直訳では「アメリカン・プロメテウス:オッペンハイマーの勝利と悲劇」となるこの文が、映画「オッペンハイマー」の原作となった書籍のタイトルである。映画冒頭のナレーションにもあったように、戦争をもたらすきっかけとなった 〝火〟を人類に与えるギリシャ神話の男神プロメテウスで、〝原爆の父〟を形容しているフレーズだ。 この伝記と、それを膨らませたクリストファー・ノーラン監督の脚本との違いを意識することが、映画と書籍の両方をより深く味わうためのヒントになるだろう。
取材20年、天才の生涯を3巻で描く
日本国内では「オッペンハイマー」とシンプルに改題され文庫本が発売中であるが、著者は歴史家のカイ・バードと歴史学の教授マーティン・J・シャーウィンという、これまでにも原爆についての著作を発表してきた2人で、このオッペンハイマーの評伝では2006年にピュリツァー賞を伝記部門で受賞した。 20年以上に及ぶ実際の取材及び調査の成果として、この書籍の持つ情報量は脱帽してしまうほど膨大だ。映画だけでも登場人物の数は相当なものだが、劇中で名前の出ない人物や、むしろ登場しない人物までその背景や証言が、上中下巻3冊にわたってかなり細かく紹介されている。 さまざまな時間軸を行き来する映画とは違い、原作では基本的にJ・ロバート・オッペンハイマーという人間の生涯を時系列に沿ってたどっていく。「上巻:異才」はオッペンハイマーの誕生からマンハッタン計画の本格稼働まで、「中巻:原爆」では研究開発及びトリニティ実験、そして終戦から冷戦への移行まで、「下巻:贖罪(しょくざい)」では原子力委員会による聴聞会と彼が亡くなるまでが記されている。映画ではほとんど触れられなかった聴聞会後のパートは、原作全39章のうち4章を使って語られていて、大きな比重を占めている。