「セツアンの善人」に主演する葵わかな（左）と木村達成（山崎伸康撮影）

「ブレヒトの『セツアンの善人』は上演タイミングが難しい戯曲ですが、今だ！と思った」。東京・世田谷パブリックシアターで16日に初日を迎える独劇作家ベルトルト・ブレヒト（1898～1956）の「セツアンの善人」（酒寄進一訳）。過去、ブレヒト作品を数多く演出してきた同劇場の白井晃・芸術監督だが、同作は初演出で上演台本も担う。 作品は戦時中、ナチスに市民権を剝奪されたブレヒトが亡命先で執筆し、1943年に初演された寓意劇。架空の町セツアンに、善人探しで降り立った神々。彼らに冷たい人ばかりの中、一宿を提供した娼婦シェン・テ（葵わかな）が褒美をもらい商売を始めると、家に居候が激増。困った彼女はビジネスに徹する冷徹ないとこ（葵の2役）に変装、邪魔者を追放する－。 「この世で善人でいることはできるのか、という問いかけです。80年前、ブレヒトが書いた世界と現代とが、僕には重なってみえる。中産階級の生活まで危うくなり、他者に慈愛を持って接することが難しい今、切迫感を持って作品と向き合えるのではないか」 原作の舞台は中国だが、白井は「現代日本の物語のように読める」と今回、場所を特定はせず、上演台本や美術、衣装も現代風だ。6曲ある劇中曲に、オリジナル曲も加え、ミュージカルでも活躍中の葵、その恋人役に木村達成と、歌唱力も備えた俳優が集った。 「でも、求めるのは感情の発露としての〝ミュージカルの歌〟ではない。観客に状況を説明し『ひどくないですか？』と問いかける〝語り歌〟です」 拝金主義への疑問などを込めた作品が、現代社会も照射する。白井は「古典だけれど、古典にしない」とキッパリ。（飯塚友子）