経営学研究に大きな影響を及ぼしたRBVの持つ課題
■課題5:RBVはメッセージ性が弱い さらに筆者は、RBVはメッセージ性が弱いと認識している。 海外の経営学者の間では、よく理論や研究を評価する時に“prescriptive”(処方的)という言葉が使われる。直感的に言えば、「企業はこうすべき」という明快なメッセージが得られるか、ということだ。SCPは少なからず処方性がある。厳しい競争環境にいる企業には、「差別化戦略でフォースを弱め、競争環境を完全競争から遠ざけるべき」などと明快に提言できるからだ。 他方RBVは、「企業は価値があって、稀少で、他社から模倣されにくいリソースを持つべき」と言っているが、これでは具体的に何をすべきかわからない。知りたいのは、「ではリソースの価値を高めるにはどうすべきか」「リソースを模倣困難にするにはどうすべきか」といった、より踏み込んだ処方箋のはずだ。RBVはこの踏み込みが弱いのだ。 とはいうものの、筆者は個人的に一つだけ、「これは処方性がある」と認識しているRBV関連のフレームワークがあるので、最後に私見も交えながらそれを紹介しよう。 ■アクティビティ・システム 図表5を見ていただきたい。サウスウエスト航空は米国の代表的なLCCだ。アクティビティ・システムとは、企業のビジネスの行動(アクティビティ)のつながりを図示するフレームワークだ。 図表5を見ると、サウスウエストでは様々なアクティビティが、互いに密接に関連していることがわかる。まず同社は、米国内でも中小規模都市間をつなぐ短中距離飛行に特化している。さらに同社は中型のボーイング737だけを使っているが、これは短中距離飛行しか行わない同社の戦略にマッチしている(線1)。同じ機体しか買わないのだから、購入時のディスカウントも期待できる(線2)。 さらに同社は、パイロットを含め従業員のトレーニングを徹底することで知られる。そして使用機体が1種類しかないことは、トレーニングの効率化に寄与する(線3)。結果として、同社のターンオーバー(空港に着陸してから再出発するまでの時間)は平均15分で済み、これは業界内で頭抜けて短い(線4)。したがって、1機の飛行機で1日に他社より多くのフライトを運行できるので(線5)、これはパイロット1人当たりのフライト数の増加にも寄与する。したがって同社はパイロット数を抑えて、人件費を抑制できる(線6)。 さらに同社は機内食を提供しないことで費用を抑えているが(線7)、これは、ターンオーバーのさらなる短縮化にも貢献する(線8)。そして何より、短中距離飛行だけに注力しているからこそ、機内食なしで済むのだ(線9)。 米国ではこれまでデルタ航空、ユナイテッド航空、USエアウェイズなど、多くの既存の米国航空会社が、サウスウエストのやり方を模倣しようとして、ことごとく失敗してきた。しかしこの理由は、図表5を見れば納得いくだろう。これだけアクティビティが複雑に絡み合っていたら、その模倣は困難なのだ。すなわち、サウスウエスト航空のアクティビティ・システムは、「社会的複雑性」と「因果曖昧性」が高い。当然このシステムは一朝一夕ではできないから、「蓄積経緯の独自性」も強くなる。まさに、先のバーニーのRBVの命題2を満たしているのだ。このように、RBVから落とし込まれたフレームワークではないものの、アクティビティ・システムはRBVと親和性が高いといえるだろう。 さらに、アクティビティ・システムはメッセージ性・処方性が強い。なぜなら、「ライバルからの模倣を困難にするには、複雑で一貫性のあるアクティビティ・システムを築くべき」と明快に言えるからだ。現実には、サウスウエストのような完成されたアクティビティ・システムを持つ企業は多くない。したがって、実際に企業のアクティビティ・システムを描いて、それを「より一貫性を持たせて、模倣困難にするにはどうすればよいか」を考察することは有用だ。 このRBVと親和性の高いアクティビティ・システムを考案したのは誰だろうか。それはバーニーではない。実は1996年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』に「戦略の本質」という論文を発表したマイケル・ポーターなのである(※6)。 ■また、ポーターに戻る 筆者は、ポーターとバーニーの優劣をつけたいわけではない。これは両教授の個性の違いといえる。前回の冒頭でバーニーの1991年論文の引用数が6万7000件を超えると述べたように、現在の経営学研究にRBVが与えた影響は計り知れない。他方でRBVが「使いづらい」「実務への示唆が出しづらい」と批判されてきたことも確かだ。 一方、ポーターのSCPが現代の経営学研究に及ぼした影響は、RBVほどには大きくないかもしれない。同様に冒頭で紹介したケイブスとポーターの1977年論文の引用数がそれを端的に示している。しかし、「使えるフレームワーク」を提示して、MBAの教科書でいまでも支配的なのは、むしろSCPの方なのだ。実は先に出てきた「バリューチェーン」フレームワークも、ポーターが『競争の戦略』で提示したものが最もよく知られている。 ポーターはその後コンサルティング会社であるモニター・グループを創設し、近年もCSV(共通価値の創造)など現実のビジネスへの貢献を意識したフレームワークを提示している。他方、バーニーは世界最大の経営戦略論の学会「ストラテジック・マネジメント・ソサエティ」の会長を務める(現在は退任)など、「経営学者の頂点」に立っている。SCPとRBVの評価の違いは、そのまま両者の歩みの違いに表れているのかもしれない。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 SCP対RBV、および競争の型 リソース・ベースト・ビュー(RBV) 漫画『アオアシ』は最高の「ビジネス教科書」、最強チームの作り方の極意を学べ! ※1 競争優位の持続性について正確には、同論文でバーニーは以下のように述べている。 “A competitive advantage is sustained only if it continues to exist after efforts to duplicate that advantage have ceased. In this sense, this definition of sustained advantage is an equilibrium definition.” (Barney 1991, p102)「競争優位が持続的であるこということは、その競争優位を(他社等が)奪おうとする努力が消えている状態のことを指す。すなわち、持続的優位性のこの論文での定義は、(経済学でいう)均衡状態のことである(筆者意訳)」と定義している。直感的にいえば、「ある企業の競争優位が確立されていて、ライバル企業もそれを奪えないという状態が持続している」というイメージである。 ※2 Newbert, S. L. 2007. “Empirical Research on the Resource-Based View of the Firm:An Assessment and Suggestions for Future Research,” Strategic Management Journal, Vol.28, pp.121-146. ※3 Priem, R. L. & Butler, J. E. 2001.“Is the Resource-Based ‘View’ a Useful Perspective for Strategic Management Research?,” Academy of Management Review, Vol.26, pp.22-40. ※4 例えば「価値があり稀少なリソースを持つ企業は、M&Aを行いがちである」という命題なら、「そのようなリソースを持っていても、M&Aを行わない企業」が存在する可能性があるので、反証可能となる。なお、同義反復については第39章も参照。 ※5 Oは “Organization” の頭文字で、組織がそのリソースを支えるようになっているか、等を評価する。 ※6 この論文のなかでポーターは、「一貫したアクティビティ・システムのある企業は価値を創造しやすい」と述べるだけで、模倣困難性には言及していない。Porter, M.E. 1996. “What Is Strategy?,” Harvard Business Review, Vol.74, pp.61-78. (邦訳「[新訳]戦略の本質」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号)。
入山 章栄