【イベントレポート】役所広司の演技の説得力はいかにして生まれるか、是枝裕和・西川美和が聞き出す
俳優・役所広司のマスタークラスが11月27日に東京都内で行われ、映画監督の是枝裕和、西川美和とともに登壇した。 【画像】マスタークラスに登壇した役所広司 これは11月27日・28日に開催された、未来の映画人を育成するためのプログラム「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」の一環で行われたもの。シャネルと是枝が共同で立ち上げた同プログラムでは、次世代の映画監督の創作活動を支援することを目的にトークセッションやワークショップが企画された。 ■ 「3歩歩いて息を吸う」から演技をスタート 1956年、長崎・諫早市に生まれた役所。仲代達矢主宰の俳優養成所・無名塾に所属してキャリアを積み、これまでの出演作は「タンポポ」「Shall we ダンス?」「うなぎ」「CURE/キュア」「EUREKA(ユリイカ)」「孤狼の血」など多岐にわたる。2023年にはヴィム・ヴェンダース監督作「PERFECT DAYS」で第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の最優秀男優賞を受賞した。 トークセッションは役所の幼少時代の話で幕開け。役所は「映画館が身近で、よく土日に観に行っていました。怪獣映画とかクレージーキャッツの作品とか。親が飲料の商売をやっていたので、手伝いで映画館に配達に行ってはそのまま観て帰りが遅くなり、怒られたこともあります」と振り返る。また海水浴に行った際、裕福な友人が8mmカメラで撮影した映像を見せてもらったのが、初めて自分が動いている姿を客観的に見た経験だったと回想。「『キツツキと雨』で林業をやっている男がエキストラをやらされて初めて自分の映った姿を見るシーンは、当時のことを思い出しました」としみじみ口にした。 その後、区役所勤務をしていた役所は、同僚からもらった舞台のチケットをきっかけに演劇に目覚め、狭き門をくぐり抜けて無名塾へ。演技に関しては初心者だったため「3歩歩いて息を吸う、3歩歩いてセリフを言う」という基礎レッスンからスタート。「最初の頃はもう下手くそで。世界中の映画を観ては先輩たちがやっていることを試して、しっくりきたものを自分の中に取り入れました」と当時に思いを馳せ、「日本映画では黒澤明さんの映画をよく観ました。三船敏郎さんの演技を繰り返し見るうちに、染み付いてきたものがあるかもしれません」と明かした。 ■ 人間も犬も実生活で芝居をする 西川から「俳優として仕事をするうえで身に付けておいたほうがいい基礎的なことは?」と問われると、役所は「人間って実生活でもお芝居していますよね。嘘を本当のようにしゃべったり、いい人に思われようと振る舞ったり。うちの犬もよく下手な芝居してましたよ(笑)」と切り出し、「人を観察するだけじゃなく、自分自身を観察する習慣もあったほうがいい。人間を演じるわけだから、人間の習性を敏感に感じ取れるといいのかなと思います」と回答。さらに「気持ちって絶対に表情に出るんです。これは変な例えですけど……妻に嘘をつくとき、本当だと思わせるために頑なに目をそらさなかったり(笑)。でもはたから見ると不自然なんですよね。『これはお芝居で使いたいな』と自分で思ったりする瞬間がよくあるので、台本を読んだとき『これはあのときの感じかな』と表現を探し出すようにしています」と続けた。 西川と役所は、出所した元殺人犯の再出発を描いた映画「すばらしき世界」でタッグを組んだ。西川は「セリフを発する本人より役所さんのリアクションを映したほうが伝わってきたり、受け手の感情がしっかりカメラに映るのが演出側の助けになりました」と作品をともにした感想を伝える。役所は照れながらも「相手のセリフの中に、次に自分が言うセリフの理由が含まれているはずなので。まったく聞いていないと“次に何か言おうとしている顔”になってしまう。積み重ねがあったうえでセリフに到達するのが大事ですよね」と演技の大切なポイントを明かした。 また「三度目の殺人」で役所と組んだ是枝は「マネージャーの方に、なぜ役所さんはあんなに役のことを理解されているのか?と聞いたら、『誰よりも長い時間、その役のことを考えてるんです』と言われました」と述懐。役所が「何も考えずにセリフを言うことはできない。この人物はなぜこれを言うんだろう?と必ず考えるし、違和感があっても言葉ひとつ変えてみるだけでリアリティが生まれてくるものです」と説明すると、西川は「役所さんは脚本に書かれた一言一句までチェックされていました。方言の言い回しも含めて細かいところまで読み込まれていて。『この人物が使う言葉にしては丁寧すぎないか?』など、ナチュラルさを追求されていたのが印象的です」と振り返った。 ■ 泣くシーンはみんな苦労している 参加者とのQ&Aコーナーでは「泣いたり怒ったり、感情を入れるシーンで大切にしてることは?」という質問が寄せられた。役所は「経験上、リラックスしてる状態が一番いい。でもみんな苦労してると思います」と親身になり、「やるしかないし、やり続けるしかない。マラソンに例えると、デビュー作ですでに完成されているスタートダッシュが速い俳優もいれば、中盤に強さを発揮する人もいる。苦しみながら走り続けて後半で伸びてくる人もいます。だから、あきらめないでやり続けることじゃないですかね」とエールを送る。監督志望者にも「僕が思うに、監督は人間的な魅力があって、みんなが『この人のためにがんばりたい』と思える人格者が多い。若いときからできてしまう人もいれば、年齢と経験を重ねてから監督として人間的な魅力が出てくる人もいると思いますよ」と語りかけ、自分のペースで模索していく大切さを説いた。 ■ ワークショップで若手監督・俳優たちを見守る 後半のワークショップでは、このために書き下ろされた短い台本をもとに、若手の演出家と俳優がステージ上でシーンを作り上げた。この回では、寺田ともか作のテキスト「離婚届」が課題となり、離婚届を提出しにきた男女の会話劇に2グループが挑戦。財田ありさ、大下ヒロト、監督の寺田によるグループと、中田クルミ、町田悠宇、監督の葉名恒星によるグループが、それぞれの解釈で芝居・演出を展開していった。 ワークショップを見守っていた役所は「作る過程を見るのは楽しいし、俳優さんが違うと本当に空気も変わりますね。物語の先が読めない面白さがありました」と感想を伝え、「目線は大事。同じ夫婦でも、中年夫婦だったら恋人同士みたいに見つめ合ったりはしなかったり。そういう違いも意識するといいですね」と具体的にアドバイス。是枝は「もし準備の時間をもらったら、離婚に至るまでの夫婦の楽しかった時間のシーンを簡単に作ってみたり、写真を撮ったりもできる。子供を演出するときは、互いに似顔絵を描かせたりするんですけど。2人の関係性をイメージする時間を設けられるといいですね」と演出のヒントを提示した。 このたび初開催された「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」には、役所のほか、シャネルのアンバサダーを務めるティルダ・スウィントンや俳優の安藤サクラが登壇した。全プログラムを修了した参加者には、ショートフィルムコンペティションへの応募資格が与えられ、上位3作品はシャネルの支援のもと制作。その後、東京とパリで上映される予定だ。 映画ナタリーでは引き続き、安藤、スウィントンが参加したトークセッションとワークショップの模様をレポートする。 写真提供:Chanel