渡辺恒雄氏 巨人繁栄が球界繁栄に 逆指名、FA制度、球界再編…常に変革の中心にあった信念
◇渡辺恒雄氏死去 近年のプロ野球の歴史のターニングポイントには、必ずと言っていいほど渡辺氏の存在があった。 ドラフトの「逆指名制度」導入も渡辺氏の力だった。巨人の経営陣は、選手が入団したくない球団から指名されるかもしれないドラフト制度をかねて批判。渡辺氏は91年の読売新聞社社長就任後、それまでの旧ドラフト制度を「職業選択の自由を明らかに侵す憲法違反」「独禁法違反だ」と猛批判。93年に西武・堤義明オーナーらと極秘接触し、新たなプロ野球機構である新リーグ結成構想を掲げた。他球団が追随する動きに乗じて制度改革を押し切り、同年に「逆指名制度」が誕生。それに伴う「フリーエージェント(FA)制度」が導入された。 当時は巨人戦が連日地上波テレビで中継されていた時代。莫大(ばくだい)な放映権収入があるセ・リーグ球団と、それがないパ・リーグ球団の不均衡な力の構造があった。球界再編という“切り札”をちらつかせて、つなげた制度改革だった。 コミッショナーの人選までも渡辺氏の意向が働くと言われるほど、権勢を誇った。ただ、その中で04年の球界再編問題では「たかが選手が」の発言が、ファンの球団経営側への猛烈な反発を呼んだ。皮肉にも、これが球界史上初のストライキを呼び、日本プロ野球選手会が世論の支持を集めて、2リーグ制の維持につながった。 強烈な個性で政界や球界を動かしてきた渡辺氏。巨人の繁栄が、球界全体の繁栄につながるという強い信念がその根底にあった。