映画『八犬伝』役所広司インタビュー「“悪をなさず、正義を求める”物語は大事だと思います」
「王道の八犬伝を描こうとする曽利監督の力になれれば」
『南総里見八犬伝』は長大な物語になったが、その根底には常に“正義”が置かれている。社会が混沌とし、悪の側に立った方が良い想いができると思ってしまう人が出てきたとしても、馬琴は忠義を貫き、正義のために戦う人間が勝つ物語を書き続ける。 「話をつくる人間にとって永遠のテーマだと思います。いろんな物語がある中で、王道の正義を謳う物語は少し照れ臭いと思ってしまう時代もあります。でも、そういうものに真っ向から立ち向かって、“正義が勝つ。悪をなした者は報われねばならない”という物語がなければ、人間はどんどん良くなくなっていく気がします。劇中でどれだけ悪を描いたとしても、やはり最後には悪はいけないものなんだという表現にならなければ、恵まれない者や虐げられている者の痛みを感じる心がどんどん退化してしまう。ですから、現実にはそんな物語にはなかなか出会えないとしても“悪をなさず、正義を求める”物語は、やはり大事だと思います。 曽利監督もおそらくは子どもの頃に『八犬伝』を観て、ずっとその想いを抱えて、今になっても“正義を謳って何が悪い”という気持ちでこの映画を作られたわけですから、おそらく少年時代に見た八犬伝への想いを持ち続けていたと思うんです。それは監督としてすごいことだと思いましたし、監督が何年も前からずっとこの作品を作りたかったんだという話を聞くと、王道の八犬伝を描こうとする曽利監督の力になれれば、と思いました」 物語とそこに封じ込められた想いが時を超えて人を動かす。江戸後期に描かれた連載読み物は、時を超えて令和六年に映画になって銀幕に登場するのだ。この映画もまた時を超えて、未来の誰かが発見するかもしれない。 「いつも映画を制作するときには『この物語をお客さんはどんな想いで観るんだろう?』と考えるんですけど、お客さんも同じ時代に生きているわけですから、自分と同じように感じるだろうとは思うんです。もちろん、演じることでお客さんに影響を与えたいと思って演じることはないですけど、お客さんによっては作り手と同じ想いを抱いてくださったり、忘れていたけど映画を観て思い出してくれるかもしれない。 だから、もし時代が変わって争いのまったくない平和な時代になれば、この映画はリアリティも何もない映画になってしまうかもしれません。でも、時が過ぎて、悪がのさばる時代、争いの起こる時代が来た時には、再びこういう映画が生き返るんじゃないかと思うんです」 役所広司の出演してきた作品を振り返ると、映画史にその名を刻む作品が存在する。彼の演技もまた時を超え、誰かが再発見することになるだろう。その時、映画『八犬伝』は役目のひとつを果たす。江戸後期の戯作者・滝沢馬琴から、令和の時代を生きる映画監督・俳優・観客へ、そして未来の誰かにタスキがわたる。 「僕たちの肉体はいずれ消えてしまうんですけど、作品というのは残ることによって、まったく違う時代の人たちに影響を与えられる。これは俳優にとっていちばんの贅沢だと思いますし、これだけの作品がある中で、その作品がちゃんと“残る”ということ、それだけでもすごく贅沢なことだと思うんです」 映画『八犬伝』 10月25日(金) 公開 (C)2024『八犬伝』FILM PARTNERS. 撮影:源賀津己 HAIR&MAKE-UP:勇見 勝彦(THYMON Inc.) スタイリスト:安野ともこ