令和では「一発アウト」〝同期とは仲良くするな〟〝やられて覚えろ〟『極悪女王』大ヒットで注目、常軌を逸した全日本女子プロレス
【柴田惣一 今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】 「極悪女王」(Netflix)の大ヒットで、1970、80年代に一世を風靡(ふうび)した全日本女子プロレス(全女)に注目が集まっている。フィクションとはいえダンプ松本、クラッシュ・ギャルズ(長与千種、ライオネス飛鳥)…。スター選手たちのファイトだけでなく心の動きも丁寧に描かれている。表だけでなく裏の部分、三禁(酒、たばこ、男)やパワハラの実態も赤裸々に映像化され話題を呼んでいる。 【写真で比較】シーン完全再現!「極悪女王」の場面写真と当時の写真 1968年(昭和43年)に松永兄弟によって設立された全女は、74年のマッハ文朱の登場でアイドル路線に舵を切る。ビューティ・ペア(ジャッキー佐藤、マキ上田)の大活躍で、若い女性たちを魅了する。マット上で歌って踊る人気選手たち。華やかなアイドルが、いったんゴングが鳴ると激しい闘いで熱狂させた。男子プロレスにも勝るとも劣らない過激な試合だった。 女子レスラーは憧れの仕事となり、入門テストならぬオーディションには志願者が殺到。狭い門をくぐり抜けた逸材たちは東京・目黒にあった合宿所に集った。最初の教えは「先輩の言う事は聞け 後輩の面倒は見ろ 同期とは仲良くするな」だった。同期たちはいずれライバルとなる。ファンを魅了する激闘を展開するには「日ごろから憎しみ合うような関係でいろ」というわけだ。 憎悪を駆り立てるような焚き付けや練習が日々、繰り返された。壁際に設置された道場のリング。嫌な相手はあえて壁すれすれのサイドに飛ばしてぶつける。受け身は徹底的に指導しても技は「やられて覚えろ」とばかり細かくは教えない。となればまずは殴る、蹴るでリングは殺伐とした戦場と化す。もはや技の攻防ではなくケンカ。松永兄弟が思い描いた以上の迫力だったはず。 心身を鍛え上げるという大義名分の元、つるし上げも頻繁に行われた。「声が出ていない」「練習中の態度が悪い」と全員で一人を攻撃する。一応、言葉による指導だったが、コスチュームで隠れる場所への打撃もあった。当時はパワハラ、モラハラなどという言葉も一般的ではなく、社会全体での体罰も容認されていた。全女が特段にひどかった訳ではなかったが、若い女性を心身ともに痛めつけるのだ。令和の今では、一発アウトだろう。 光あるところに影がある。とにかく常軌を逸した世界だったという。「あれは実際の出来事だったのか。夢だったのではないか」と振り返る関係者もいる。爆発的人気、ブームとなった全女。三禁の男も問題が起こらないように、枠の中ではある程度、容認されていた。飴と鞭を使い分けながら、手綱を握っていた松永兄弟だったが、放漫経営がたたって2005年に活動停止に追い込まれてしまった。
救いは主役だった選手たちが「青春だった」と前向きに振り返っていること。ビューティ・ペアの大ヒット曲「かけめぐる青春」のように青春を駆け抜けた女戦士たちに改めて喝采を送りたい。 =敬称略 (プロレス解説者・柴田惣一)