ノーベル経済学賞のMIT教授が「民主主義の弱体化」を危惧するワケ トランプよりも米国をむしばむものとは
安定した環境は、人が投資をしたり、自らを向上させたり、新しい問題や既存の問題にアプローチする新しい方法を見つけ出すためのインセンティブになります。と同時に、社会の広範囲における機会の平等も重要です。そうでなければ非常に不公平な設定になってしまいます。 ■政治権力が広く分散されなければならない 二つ目に重要なことは、そういう経済的要素は、政治的・社会的要素とは切り離せないことです。権力が、一人やごく少数の人に集中する独裁主義になれば、経済を良くするために正しいことをしてくれるだろうと考えるのは間違いです。それがうまくいくことはまずありません。 その理由は、経済的制度は政治的制度と社会における政治権力の分散によって形作られるからです。実際のところ、この関係は有機的で相互関連性から切り離せないので、政治制度や政治体制が排他的である場合、経済的な制度がインクルーシビティ(何者も排除しないこと)を維持するのはほとんど不可能です。政治権力が広く分散されていなければ、より広い政治的機会、政治参加、社会参加を作り出しません。 三つ目は最も難しいものですが、制度を設計するということです。これは本当に難しい。制度について話すとき、一つの単純な解釈は「憲法のようなものである」というものです。これは優れた憲法を設計する賢人がいれば、準備万端であるという考え方です。 しかし、私の制度に対する見方は違います。 制度は進化するもので、歴史的なプロセスから生まれるものです。制度は政治と規範の双方向性から生まれるものです。制度は人々が政治にいろいろな形で参加することから生まれるものです。 だから、憲法の条項を変えるだけでは制度を変えることはできません。制度の設計はそう簡単にできるものではないからです。部分的にはボトムアップ・プロセスでなければなりませんが、純粋な進化のプロセスというだけではありません。人々が異なるビジョンを持って政治に参加し、より成功したケースから学び、異なる制度の選択がどういう結果をもたらすかを理解することは、そのプロセスの重要な部分です。 (聞き手・ジャーナリスト 大野和基) ※朝日新書『民主主義の危機』から抜粋。『民主主義の危機』では、ダロン・アセモグル氏インタビュー全文のほか、世界の知性たちが語る未来予測を読めます。 ダロン・アセモグル/1967年、トルコ生まれ。経済学者、マサチューセッツ工科大学教授。専門は政治経済学、経済発展、成長理論。ノーベル経済学賞にもっとも近いと言われるジョン・ベイツ・クラーク賞を2005年に受賞。著書に『国家はなぜ衰退するのか 上下』(ロビンソンとの共著、鬼澤忍訳)、『マクロ経済学』(レイブソン、リストとの共著、岩本康志・岩本千晴訳)、『自由の命運:国家、社会、そして狭い回廊 上下』(ロビンソンとの共著、櫻井祐子訳)など。近著にサイモン・ジョンソンとの共著『技術革新と不平等の1000年史 上下』(鬼澤忍・塩原通緒訳)。