「キュビタス」はパテック フィリップ25年ぶりの新コレクション

ラグジュアリー・スポーツウォッチでは新鮮な、スクエアなデザインが特徴だ。 パテック フィリップが新色の文字盤や新しい素材を採用した時計を発表すれば、それは大きな話題となる。実際、パテック フィリップは時計界にとって非常に重要な存在であり、同メゾンがひとつのモデルを製造中止にすると発表すれば、時計界を揺るがす大ニュースになる。そのため、今回の発表の大きさを数値化するのは難しい。1999年に発表されたレディースモデル「Twenty~4」以来25年ぶりに、パテック フィリップは「キュビタス」と名付けられた全く新しいコレクションを発表した。 【写真を見る】スクエアなラグジュアリー・スポーツウォッチ「キュビタス」のディテールをチェック！ パテック フィリップがオートオルロジュリーの世界に与えた影響は、どれだけ強調してもしきれないものがある。オーデマ ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンとともに、コレクターが「三位一体」と呼ぶ高級時計ブランドの一角を成すパテック フィリップは、今日私たちが当たり前だと思っているような革新的技術で、これらの高級時計メーカーをもリードしてきた。41年には、世界初のシリアル生産による永久カレンダー時計、「Ref.1526」を発表した。それだけでも画期的なことなのに、同メゾンはクロノグラフと組み合わせた世界初の永久カレンダー時計「Ref.1518」も同時に発表している。ほかの時計メーカーが同様の時計を製造するのに50年ほどかかった。 ■「キュビタス」のルーツ 76年、数十年にわたる複雑な懐中時計と腕時計の製造を経て、パテックは「ノーチラス」を発表し、時計界の景色を塗り替えた。高名な時計デザイナー、ジェラルド・ジェンタによって考案されたこのラグジュアリー・スポーツウォッチは、オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」、ヴァシュロン・コンスタンタンの「ヒストリーク222」とともに、ステンレススティール製の高級デイトウォッチの時代を切り拓いた。 20年もの間、あらゆるコンディションにおいて堅牢で正確な計時を提供するという使命を果たしていたのはロレックス「サブマリーナー」や オメガ「シーマスター」のようなツールウォッチだったが、ラグジュアリー・スポーツウォッチは、ステンレススティールを貴金属のレベルにまで高めようとするものだった。実際、ある古い「ノーチラス」の広告には「世界で最も高価な時計のひとつはステンレススティール製」と誇らしげに書かれていた。 時を経て、「ノーチラス」は地球上で最も魅力的な時計のひとつとなった。貴金属製のモデルも生まれ、クロノグラフから永久カレンダーまで様々な複雑機構を搭載するようになった。しかし、時計界の想像力をかき立てただけでなく、より大きな時代の流れに浸透し、それ自体がポップカルチャー・アイコンとなったのは、よりシンプルなステンレススティール製のタイム&デイト・モデル「Ref.5711」だった。2021年、パテックが「5711」を製造中止するという発表は衝撃をもたらした。最も人気のある時計をあえて製造中止にする時計メーカーがほかにあるだろうか？ しかし、パテックというブランドは、何をするにも拙速でいい加減なアプローチを取るブランドではない。家族経営で独立心の強い同メゾンは、単に利益を上げるために生産数を増やすよりも、一巡したと思われるモデルをむしろ引退させることを望んでいることが明らかになった。 そして今、「5711」の製造中止はより大きな意味を持ち始めている。私はミュンヘンにいるが、そこではパテック フィリップがプレスリリースで「“エレガント・スポーティ”スタイルの新しい解釈」と称する、まったく新しいコレクションを発表した。「ノーチラス」を彷彿とさせる「キュビタス」は、まったく新しいケース形状で、ラグジュアリー・スポーツウォッチを牽引するパテック フィリップの名声をさらに確固たるものにしようとしている。 ■斬新なスクエアケース 新しい「キュビタス」コレクションは、伝統的なラウンドケースではなく、2組の辺が等しい正方形のシェイプが特徴で、厳密には八角形をしている。このケースは、船の舷窓に着想を得たという「ノーチラス」から明らかに影響を受けていると言えるだろう。とはいえ、「ノーチラス」のケース左右に飛び出した「耳」は、ここではよりスクエアな解釈がなされている。70年代のラグジュアリー・スポーツウォッチのルーツから完全に逸脱することなく、パテックにとって新たな領域に踏み込んだという印象だ。実際、社長のティエリー・スターンは、10年以上前から四角い時計を夢見ており、「キュビタス」という名前も自ら考案したと、ミュンヘンでのグループインタビューで語っている。 ケースバックとベゼルの2つのパーツで構成される「キュビタス」は、時計の前面からムーブメントを搭載する（とはいえ、サファイアクリスタルのケースバックから内部のムーブメントを見ることができる）。平らなベゼルとケース前面には縦方向のサテン・ブラッシングが施され、ベゼルの面取りとケースの側面にはポリッシュ仕上げが施されている。ケースは複雑機構を備えたものは厚さ9.6mmで、タイム&デイトのモデルはわずか8.3mmとなっている。3種類の発表モデルのうち2種類に採用されている同素材のブレスレットは、ポリッシュ仕上げのインナーリンクとサテン仕上げのアウターリンクという、ケースと同じ2種類の表面仕上げが施されている。ロックシステムは調整可能で、フォールドオーバー・クラスプによって閉じられる。 大きな声では言えないことがあるとすれば、それは3モデルとも10時から4時までの対角線を測った長さが45mmであることだ。多くのコレクターが小型のヴィンテージ風タイムピースを探し求めている現代においては大きめではあるが、ケース径は時計を快適に装着できるかできないかを決定する重要な寸法のひとつに過ぎない。ラグからラグまでの長さは間違いなくもっと重要だし、ケースの厚みもそれに劣らず重要である。この点、「キュビタス」の薄さが直径の大きさに対する懸念を払拭するのに役立った。私もミュンヘンでのプレゼンテーションで試着させてもらったが、自分の手首にはしっくりと馴染んだ。また、30mまでの防水性しかないことを貶す人もいるかもしれないが、スターンは120mなどやりすぎだと考えている。「1mや2m潜った途端に、水圧が時計を密封します。本当に危険なのは、シャワーを浴びたり、手を洗ったりするときです。しかし、これにどう対処すればいいかを我々はよく心得ています」 ■パテック フィリップらしいカジュアル・シック 「ノーチラス」ファンなら、「キュビタス」の文字盤に施された水平の浮き彫りにすぐに目が行くだろう。2つのモデルでは、パテックファンにはお馴染みのサンバーストブルーのパターンで表現されている。3本目はサンバーストオリーブで仕上げられている。それぞれの文字盤には、ホワイトゴールドの長方形および菱形のインデックス、丸みを帯びたソード針が配され、それぞれホワイトの夜光塗料が施されている。タイム&デイトのモデルに関しては、3時の位置に日付窓が置かれている。 ここでもまた、「ノーチラス」からのインスピレーションは明らかだ。これらの共通項は、「キュビタス」がまさにパテック フィリップの時計であることを瞬時に印象づけることだろう。「スポーティ・クラシックなパテック フィリップが、私の最初のビジョンでした」と、スターンは言う。「自分に言い聞かせました。自らのルーツに戻れ、自らのDNAに戻れ、これまでのコレクションを見ろ、とね。『アクアノート』も『ノーチラス』もある。それらすべてを使って、私のスクエアウォッチを作ろうと思ったのです」 コレクションのフラッグシップモデルは、新しい複雑機構を搭載した「Ref.5822P」（8万8378ドル）だ。超薄型のCal.240の派生である新たなCal.240 PS CI J LUには、グランドデイト表示とデイ&ムーンフェイズ表示が組み合わされ、スモールセコンドは5時と6時位置の間のサブダイアルに表示される。この新しい複雑機構を搭載するために、パテックはムーブメントのエネルギー管理に関する6つの特許を取得する必要があった。これにより、着用者はほかの表示に干渉することなく、どの表示も個別に修正できるようになった。これは画期的な技術だ！ グランドデイトは、12時位置の下にあるベベルエッジの付いた枠付き窓に表示され、18ミリ秒で瞬時に日付が切り替わる。 「5822P」のケースはプラチナ製で、ベゼルには6時位置にバゲットカットのダイヤモンドがセットされている。同時に発表されたタイム&デイト・モデルとは異なり、クリーム色のコントラストステッチが施されたネイビーブルーのコンポジット・ストラップに、プラチナのフォールドオーバー・クラスプを備えている。温暖な気候に住む顧客は、数カ月でレザーストラップが汗で擦り切れると、以前からスターンに語っていた。コンポジット製はこの問題を解決してくれる。 「5822P」は、6時と8時位置の間にデイ／ムーンフェイズ表示、4時と5時位置の間にスモールセコンド表示を備え、3時位置に「Patek Philippe」の文字が配されている。デザインの観点から見て、「Ref.5822P」は新コレクションのなかでいちばんの論争の的になることは間違いないだろう。「ノーチラス Ref.5712」など、このようなアシンメトリーなデザインは過去のモデルにもあったが、私としては「Ref.5990」のような上下位置の表示のほうが見た目もいいように思われる。ただし、その構成では「Ref.5822P」の素晴らしいメカニズムは損なわれてしまうだろう。上下の配置では、例えばグランドデイトを搭載することが不可能になってしまうからだ。 「5822P」に加え、2つのタイム&デイト・モデル、スティール製の「Ref.5821/1A」（4万1243ドル）とツートンカラーの「Ref.5821/1AR」（6万1276ドル）もデビューした。「5821/1A」は、「5711」のようなクラシックな「ノーチラス」のタイム&デイト・モデルを精神的に継承しているように感じられる（パテックが「5711」のスペシャルエディションに、同じオリーブグリーンを採用したこともあるだろう）。 「5821/1AR」は、ステンレススティールとローズゴールドのツートンカラーのケースに収められているが、より複雑な「5822P」と同じサンバーストブルーのパターンが共通している。インデックスと針も同様にローズゴールドだ。ブルーの文字盤は、ベゼルとセンターリンクのローズゴールドとよく調和し、ラグとアウターリンクのスティールにもよく映えている。 「ノーチラス」のファンにとって、このタイム&デイトの「キュビタス」の魅力はケースの形状とサイズという2つの要素に集約されるだろう。前者は純粋に好みの問題だが、後者は試着して手首の形状に合うかどうかを見極める必要がある。ほかの大ぶりのツールウォッチは私の手首の骨からぶら下がる傾向にあるが、45mmというサイズにもかかわらず、タイム&デイト「キュビタス」は驚くほど快適に装着できた。さらに、ケースのプロファイルが薄いので、ドレスシャツの袖口にもぴったりと収まる。 ■未来の人気モデルとなるか？ パテック フィリップのビジネスは長期戦だ。同社のムーブメントデザインは現在2039年まで決定しており、新しいコレクションの開発にも長い年月をかけている。スターンと彼のチームは、「キュビタス」のようなモデルをいつどのように発表するかについて、慎重に計画を立てている。ラグジュアリー・スポーツウォッチに対する需要が急増しているにもかかわらず、スターンは単純に収益を上げるために生産量を増やそうとは考えていない。むしろ、年間およそ7万3000本という現在の生産レベルを維持することを決めている。それはつまり、彼の新しいスクエアウォッチに対応するために、ほかのラインの生産を削減することを意味する。このプロセスはすでに始まっている。 スターンは、「キュビタス」が万人向けの時計ではないことも承知している。「我々はパテック フィリップです」と、彼は言う。「我々は常に前へと進まなくてはなりません。私がやらなくて誰がやるというのでしょう？ リスクを冒す必要があるのです」。もちろん、パテックにとって風変わりな新型モデルの発表は初めてではない。1997年に発表された「アクアノート」を思い出してほしい。決してすぐにヒットしたわけではなかったが、今では予約なしに購入することは困難となっている。ラグジュアリー・スポーツウォッチの先達の多くがそうであったように、「キュビタス」が軌道に乗るまでは時間がかかるかもしれない。将来的には、より小さなケースのバージョンが発売されてヒットとなるかもしれないし、あるいは、すでに発表されているグリーン文字盤の「Ref.5821/1A」がヒットするかもしれない。 「クライアントに我々はどうしたらいいか尋ねると、99%の人が『わからないけど、信頼している』と答えるんです」と、スターンは言う。その信頼は、スターン一族が舵取りをするパテックを1世紀近く支え続けてきた。それは、これからも何世代にもわたって変わることはないだろう。 From GQ.COM By Oren Hartov Translated and Adapted by Yuzuru Todayama