『亜麻色の髪の乙女』ヒットの裏で…島谷ひとみが22年ぶりに明かす当時の本音と「美容院は年2回」の私生活
── その後、演歌『大阪の女』で歌手デビュー。2001年にはジャネット・ジャクソンのカバー曲『パピヨン~papillon~』、2002年には、昭和の名曲、ヴィレッジシンガーズのカバー曲『亜麻色の髪の乙女』と、曲が次々と大ヒットしました。 島谷さん:本当に奇想天外な人生だったなと、振り返ると今でも思います。当初Jポップ歌手を目指していたものの、ご縁があり、番組の企画で演歌歌手としてデビューすることになりました。演歌のデビュー曲で演歌チャート1位に選ばれたと思ったら、次は『パピヨン~papillon~』『亜麻色の髪の乙女』と、まったくジャンルの違う名曲を次々とカバーするなど、自分で想像していた以上のことが毎日起こっていったんです。曲がヒットしたおかげでたくさんの方に聞いていただくことができました。
── まわりの反応はいかがでしたか? 島谷さん:この頃から、島谷ひとみの名前を認識してもらえることが増えてきました。自分のことなのに、まるで自分を遠くから見ているような感じでした。同時に、忙しさから食事を抜くことがあったり、仕事に遅刻したらどうしようという緊張から夜ぐっすり眠れないこともありました。 とはいえ、どの仕事も本当に楽しかったです。つい仕事の向き不向きを考えて、これは自分に向いてないかも?と思いそうになることもあったものの、いただいた仕事には全力で取り組んでみる。最初からうまくできないことは当たり前だと思って、できないけど頑張りますというスタンスでやってきたのが、結果的によかったのかもしれません。
■美髪!気になる髪の毛のケアは ── 島谷さんといえば、クールビューティーのイメージを持つ人も多いかと思います。 島谷さん:デビュー当初は、都会的でクールな美しさを前面に押し出していたんですが、実際は瀬戸内の島で育ちました。方言が出るから、イメージを崩さないように、できるだけ話さないようにしていました。黙っていると、自分のドジやおバカな部分が隠せるんです。デビュー当時は緊張していたこともあり、自分の不安やさまつなミスを目立たせたくないという気持ちから、人形のように無表情にそこにたたずんでいる感じでした。