漫画「ジョジョ」や映画「インセプション」など大衆文化に広く影響 富山・エッシャー展で東京芸術大美術館・熊澤教授が奇想の天才を語る
緻密な描写 工芸的 企画展「エッシャー 不思議のヒミツ」を開催中の富山県美術館で、同展の図録を監修した東京芸術大大学美術館の熊澤弘教授(53)が講演した。「奇想の天才」と呼ばれたオランダの版画家、マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898~1972年)について「非常に有名な版画家だが、美術の本流よりも大衆文化など美術以外の領域で理解されている」と、作家としての特異さを語った。 熊澤教授はオランダを中心とする西洋美術史が専門で、エッシャー作品にも詳しい。エッシャーは20~30代の頃、イタリアに定住して多くの風景版画を制作した。空や山の稜線(りょうせん)、植物を緻密に描写し、芸術家としての個性を確立した。「版画でこれほど細かく表現するには高い集中力が必要。偏執狂とも言えるパワーを感じる」と説明する。 ファシズムの台頭を受けイタリアを離れてからは、錯覚を利用した「だまし絵」や幾何学的な図形で平面を埋め尽くすテセレーション(敷き詰め)を題材とした。作品のテーマが移行しても背景や小物を緻密に描く作風は変わらず「ディテールの作り込み方は工芸的。ぜひ作品に近寄って鑑賞してほしい」と話す。
映画・漫画にも 1950年代に「タイム」などの有名雑誌に作品が取り上げられたことがきっかけで、科学者を中心としたブームが起きた。その後、映画や広告などで作品のイメージが利用されるようになった。 エッシャーのファンとして有名なのが、公開中の映画「オッペンハイマー」で知られるクリストファー・ノーラン監督。レオナルド・ディカプリオさんと渡辺謙さんが共演した映画「インセプション」には、エッシャーが「上昇と下降」で描いた無限に続く階段を登場させた。 日本での広がりについて、熊澤教授は「サブカルチャーへの影響が大きい」とする。荒木飛呂彦さんの漫画「ジョジョの奇妙な冒険」43巻では、テセレーションを取り入れた表現が出てくる。「AKIRA」で有名な大友克洋さんの漫画「Fire-Ball」の表紙は、「写像球体を持つ手」をオマージュしたものだ。 位置付け難しい 熊澤教授は「映画や漫画、数学の分野にはエッシャーのフォロワーが多いが、美術の本流ではあまり認知されていない」と分析。エッシャーの作品を取り上げた美術論文の数は、数学の学術論文と比べて圧倒的に少ないことに触れ「20世紀美術の中での位置付けが難しい存在」と述べた。