さまざまな電磁気現象の源である「電荷」の存在が明らかになった「きっかけ」…おもしろいほどよくわかる高校物理の「電荷と電流」
物理に挫折したあなたに――。 読み物形式で、納得! 感動! 興奮! あきらめるのはまだ早い。 大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。 【写真】なぜ「重さ」ではダメで「質量」でないといけないのか? 本記事では電磁気学編から、電荷と電流についてくわしくみていきます。 ※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。 ---------- 電磁気学は物理学の中でもわかりにくい分野だと言われている。それは電磁気学に出てくるいろいろなものを我々が見たり、聞いたり、感じたりできないからだろう。そこでこの電磁気学編では我々に比較的なじみがある電磁気現象である電流から話を始めて、電荷、電場、とだんだんに直感的な理解が難しい概念の説明に行くように構成した。また、個々の「わかりにくい概念」にはなるべく「現実の応用例」を付記することにした。この第2部を読み終わるころには読者の皆さんが周りの現象を目にしたとき「あ、ここには○○が働いているんだな!」(○○にはこれから説明する「わかりにくい概念」が入る)と思えるようにしたいと思う。 ----------
「電流の向き」間違えちゃいました!
電磁気学編の主役はなんと言っても、さまざまな電磁気現象の源である「電荷」であろう。 ご多分に漏れず人間が電荷の存在に気づいたのは「力」の存在によってだ。おそらく、最初は静電気、つまり、物と物をこすり合わせたときに紙のような軽いものを引きつける「何か」が物質に生じているということから、電荷の存在に気づいたんだと思う。
ライデン瓶の発明で電荷の存在が明らかに
電荷の存在が明らかになるきっかけとなったのが、オランダのライデン大学の物理学者ミュッセンブルクが発明した蓄電器「ライデン瓶」である。この実験器具は、日本で8代将軍徳川吉宗による「享保の改革」が行われていた1745年ごろに発明された。くしくも、ドイツのクライストもほぼ同時期に独立に同様の蓄電器を考案したとされている。科学の世界には、こうしたことはよくある。 ライデン瓶は、ガラス瓶の内と外に金属箔を貼り付け、内側の箔には絶縁体の蓋を通して電極をつけた簡便な装置だが、静電気を蓄えることができる。 電気現象を発生させる「静電気」は、一度ライデン瓶に蓄えられれば、ある程度の期間、保持することもできたし、ほかのライデン瓶に移し替えることもできた。このようにして、ミュッセンブルクやクライストらの研究によって、電気現象を作り出す「電荷」というものが確実に存在していることがわかった。 静電気しか電荷を発生させる術がない間は、研究は停滞していたが、ボルタが電池を発明すると、電流についての研究が一気に進んだ。 ボルタが電池を発明した経緯は興味深い。ボルタが電気の研究を進めていた1791年ごろ、ヨーロッパの科学界はガルヴァーニの生物電気の研究が話題になっていた。それは、2種類の金属をカエルの脚に接触させると、その筋肉が痙攣するという現象である。 カエルの筋肉が電気に反応することは知られていたが、ガルヴァーニは電気を流さなくても2種類の金属をカエルの脚に接触させるだけでカエルの筋肉が反応することを発見し、これは電気が流れたからだと喝破した。 生き物から電気が発生すればこれは生命現象に関係していると思うのは無理もないが、ボルタはそこで立ち止まらず、重要なのはカエルの脚ではなく2種類の金属のほうだと気づいた。そして、カエルの脚の代わりにただの食塩水を染み込ませた布を挟んでも電気が発生することを発見したのだ。 銅と亜鉛の板を何層にも重ねて、間に濡らした布を挟むことで大きな電圧が発生するように工夫したのがボルタの電池である。電圧の単位であるボルトはボルタの名前にちなんで命名された。物理学者として羨ましい限りだ。 研究が進み、人類が電気の本質は電子にやどる負電荷だということに気づいたのは、ボルタ電池の発明から約100年後のことだが、その前に作られた電磁気学の理論はただ一点を除いて完全に正しかった。唯一の間違いは「電流の向き」だった。 当時は、移動しているのが正電荷か負電荷かわからなかったので、電流の向きを、プラス(陽極)からマイナス(陰極)に流れると適当に決めてしまったのだ。後で動いているのは負電荷だということがわかって、実際の電荷の移動の向き(つまり電子の移動方向)と人間が定義した電流の向きはあべこべだとわかったが、時すでに遅し。 ちなみに電流の向きを最初に決めたのは、電流の単位、アンペアに名前が残っているアンペールという科学者である。アンペールは平行電流と反平行電流では働く力の大きさは同じでも、向きは逆であることを発見した。 それまでは電流の向きがどっち向きか、なんてことは問題にならなかったが、こうなると向きを決める必要がある。当時、電流を流すとそのそばに置かれた方位磁針が動くことは知られていたので、方位磁針が動く(傾く)向きで電流の方向を決めたのだが、運悪くこれが逆向きだったというわけだ。 電線を磁針の上に置くか、下に置くかで磁針の振れる方向は異なるが、上に置くか、下に置くかを変えなければ、電流の向きを逆転させると、磁針の振れも逆転するので電流の向きが反転したかどうかを確認できる。 電荷の正体をまったく知らないまま構築された電磁気学が完全に正しかったのは興味深い。量子力学や相対性理論が見つかったことで、ニュートン力学は修正を迫られることになったが、電磁気学は本質的に何も変更を受けずに生き残った。電荷の実態と無関係に成り立つ、普遍的な法則として確立されたからだろう。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)