F1界から見た「厚底シューズ使用禁止騒動」
もうひとつ指摘されている問題は、世界陸連の規定にある「使用されるシューズは不公平な補助、アドバンテージをもたらすものであってはならない」というものだ。 ナイキの厚底シューズにはカーボンファイバープレートが内蔵されており、それが不公平な補助になるのではないかというものだ。 F1でも、90年代にマシンのハイテク化が極端に進み、アクティブサスペンションという、車速など各種センサーからの情報に応じて電子的にサスペンションの硬度を変更させて、車高を変える高性能な電子制御デバイスがF1マシンに搭載された時期があった。これによって、加減速時もコーナーリング中も車高を一定に保つことができるようになったF1マシンはスピードが劇的に上がったが、その上がったスピードの制御が難しくなり、安全性が疑問視された。 特にマシンに搭載されているセンサーからの誤った情報によってコンピュータが誤作動を起こす事故が相次いだため、FIAはアクティブサスペンションを禁止した。 では、厚底シューズはどうか。内蔵されたカーボンファイバープレートによってシューズの反発性が上がり、それがランナーの筋肉への負担を大きくしているという指摘がある一方で、厚くなったソールによって脚への負担が減り、走行後のリカバリーが早くなったという声もある。厚底シューズがブームになってすでに1年以上が経つが、トップランナーが厚底シューズによって故障したという話は聞こえてこない。つまり、厚底シューズが明らかに安全性に疑問があるシューズだとは言い切れない。 にもかかわらず、オリンピックまで1年を切ったいま、世界陸連が厚底シューズを禁止するとしたら、それには、ここまで書いてきた以外の目的があるようにしか思えない。 それは、厚底シューズによってナイキが独占しているシェアを分散させようという政治的な圧力だ。 F1は道具を使用した世界一速い駆けっこだと言われている。そのF1の世界はここ数年、メルセデスのパワーユニットを搭載したチームがタイトルを獲得し続けている。しかし、F1の世界でメルセデスのパワーユニットを禁止するという動きは、これまでも起きたことはなく、これからも起きないだろう。それは安全性と経済的平等が担保されれば、だれよりも速く走ることがこの競技の本質だからだ。そして、そのメルセデスを目指して、ライバルたちは開発を続け、昨年ホンダは13年ぶりの優勝を飾り、2019年のF1はこれまでにない盛り上がりを見せた。 レースは速い者が勝つ。それはF1も陸上競技も同じ。もし、世界陸連がそれをルールで規制しようとするならば、そこにその競技の未来はない。 (文責・尾張正博/モータージャーナリスト)